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第4話-2

 生ぬるい夕方の風を受けて清明は立っていた。ランニングシャツにズボンだけのラフな格好で、じっと夕日が落ちるのを眺めている。 「…清明さん」  呼ぶと、清明は一度俯いて、そして凛の方を見た。 「やっと行けるよ、凛」  ズキンと凛の心臓が鳴った。痛いを通り越したこの衝撃に、凛は立っているのがやっとだった。 「いつも護衛任務ばかりで何故俺は行けないんだと思っていたから」  正しい。  清明の言っていることは正しい。  日本海軍のパイロットとして、国のために最高の戦果を上げるということは1ミリも間違った思考ではない。…だけど。  この戦術が正しいと思えていない凛には受け入れ難い。目の前で悟ったように穏やかな表情でいる清明にどうしても「おめでとう」とは言えない。 「清明さん、俺は…」  胸の内でもやもやするその感情を、凛は上手く処理できないでいる。学生仲間が逝った時とも少し違う。ただ戦術を認めないという気持ちでこんなにも苦しくなるのだろうか? 「やっと家族の元に逝けるからな」 「え?」  清明の言葉に凛が顔を上げる。清明が凛に微笑む。 「ごめんな、凛の泣き顔が弟に似ていると言ったが、それはとても幼い頃の弟のものだ」 「…どういう…?」 「もうとっくに死んでるんだ、俺の家族は」  声にならなかった。凛はてっきり清明は国にいる家族のために戦っていると思っていた。 「特攻に行くことが決まったら話さなければならないと思っていた。お前に軽蔑されて行くのは…親しい者を作らないと決めていたのに、そうできなかった自分への罰でもあるから」  いつもより雄弁な清明の言葉は、だけどいつもより胸を抉るような痛さで凛の耳に届く。  軽蔑?  どうして?

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