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【2日目】川床に到着

 普通の市街地を抜け、山が迫る府道から叡山電鉄鞍馬線の踏切を越えたところで、煜瑾は文維に囁いた。 「秋にも、貴船には来たのですよ。紅葉がとても美しくて、しかもライトアップされていたのです。帰りには、さっきの踏切を通る、窓が天井まである電車に乗って、紅葉のトンネルをくぐったのですよ」  あの幻想的な光景を思い出し、煜瑾はウットリと目を閉じた。 「前回の紅葉が、今回は初夏の新緑なのですね。どんなに違うのか、楽しみですね」  文維の優しい言葉に、煜瑾はニッコリと笑った。 「今度は、文維と一緒なので、それだけでも十分に満足です」  甘やかな声の煜瑾に、文維も幸せな気持ちになる。  満ち足りた様子の2人を乗せたタクシーが、川床を持つ料亭が並ぶ通りに入った。車一台が通るのがやっとという山道を進み、車や送迎バスが回転する小さなスペースで、タクシーは止まった。 「わあ~」  タクシーを一歩降りて、煜瑾は思わず声を上げた。  先に降りたタクシーから、茉莎実が駆け付け、現金でタクシー代を支払う。 「どう?市内とは空気が違うでしょ?」  不思議そうに周囲を見回す煜瑾たちに、茉莎実が楽しそうに言った。 「本当に気温も低いし、何より新緑のせいなのか、空気が澄んで心地よいです」  ウキウキした様子の煜瑾は、物珍しそうに周囲を見回していた。 「寒く無いですか、煜瑾?」  思っていた以上の貴船の低い気温に、文維も驚いていた。 「予想よりも涼しいですが、平気です」 「ねえ、ねえ。なんか聞こえるよ」  楽しそうな小敏の声に、みんなが耳を澄ませると、すぐ近くに川のせせらぎが聞こえる。 「川床(チュアンチュアン)ですね」 「『川床(かわどこ)』だよ」  煜瑾と小敏が笑っていると、早くも道を渡り、店の前で料亭の女将らしき女性と話し込んでいた茉莎実の祖母が振り返った。 〈早よ、おいでやす。先に行きますえ〉 〈は~い〉  茉莎実を先頭に、4人は急いで(ひな)びた(おもむき)のある上品な料亭の門へと駆け込んだ。 *** 「わ~、川ですね~」  日本建築の本館を抜け、川の方へと出ると、山から流れる清流の上に、木材を組んだ床机(しょうぎ)をならべ、その上に新しい(とう)むしろを敷き詰めた座敷があった。その清涼感溢れる日本的な設えに、煜瑾と文維は感激したように周囲を見回し、写真や動画を撮影していた。 「さあ、こっちに座って!とっても涼しいんだから!」  小敏に声を掛けられ、煜瑾と文維は手を取り合うようにして席に着いた。日本式に床に腰を下ろすことになるため、冷えないよう、ふっくらとした座布団が置いてある。 「フカフカですね」  煜瑾は座布団の触り心地を確かめてから、そっとそこに座った。 〈気にすることおへんえ。座りやすいよう、足を崩しなはれや〉  文維と煜瑾が日本式の座敷では落ち着かないだろうと、茉莎実の祖母が気を使うと2人は仲良く顔を見合わせて微笑んだ。

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