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第8話 治癒

 自業自得だが、太一は2、3日腰痛に見舞われた。  一晩に5回も6回もヤッてしまうなんて、人間のすることじゃねぇ、と後悔したのは言うまでもない。  しかしヨシュアの方は、ケロっとした顔をしている。  普通、ヤられる方が負担は大きいはずなのに…… 「おい、ヨシュア。身体なんともないのか?」 「ボクは大丈夫です。ヴァンパイアは回復が早いです」 「そうなのか……うらやましいなあ。俺はさんざんだよ」 「すみません……タイチ、腰が痛いのですか」  店でこそこそと話をしている太一とヨシュアを見て、隆二はどうもヘンだと感じている。  二人の間に何かあったのか……  こういう時の隆二のカンは結構鋭い。  ヨシュアの様子を観察していると、たまに太一を見つめてポっと顔を赤くしたりしている。  太一は軽いぎっくり腰だと聞いているが、なんとなく仕事をしながらもぼんやりとしている。  まさか……なあ。  太一は女好きだし、バイだという話も聞いたことはない。  だけどヨシュアぐらい綺麗な男だったら、俺でもイケるかもしれない、と隆二は思わず想像してしまう。 「い……いってぇ! いたたた……うわっ」  突然調理場で太一が悲鳴をあげた。  ぼんやりしていて、生きたすっぽんに噛みつかれたのだ。 「馬鹿野郎っ! 何やってんだっ」  すっとんできた隆二が包丁ですっぽんの首を切り落とす。  危なく指を食いちぎられるところだった。 「まったく……すっぽん触る時にぼんやりしてるやつがあるか! 手当してこいっ!」  ぼたぼたと太一の指先から血が滴っている。  太一はあわててレジの奥にある救急箱のところへ走っていった。  ヨシュアが驚いて駆け寄ってくる。 「だ、大丈夫ですか? タイチ……」  ヨシュアの目はただ一点に釘付けになる。  赤い、太一の血液。 「タイチ……ボクが舐めてもいいですか……」 「あ、ああ……」  ヨシュアの目が一瞬金色に光ったような気がして、太一は背筋がゾクリとした。  ヨシュアは……血を求めているのか……  ヨシュアは震える手で太一の手をとると、指先を口に含んだ。  生温かいヨシュアの舌が、傷を舐め回す。  太一は一瞬、ヨシュアに血を吸われるのかと身構えた。  しかし、ヨシュアは優しく傷を舐め回しているだけのようだ。  その顔は、恍惚としている。 「もう大丈夫ですよ」  ヨシュアが口を離すと、傷はあとかたもなく消えていた。 「ヨシュア……どういうことだ」 「唾液には治癒成分があるのです。ヴァンパイアは人間より何十倍も治癒能力が高い」 「お前、ケガが治せるのか?」 「このぐらいの小さいケガなら治せます」  小さい、と言ってもかなりの深い傷だったはずだ。  太一は呆然と治った指先を眺めている。  ヨシュアは治った指を見て、嬉しそうに微笑んだ。  太一は傷が治ってしまったのは怪しすぎるので、絆創膏を巻いてごまかすことにした。 「おーい、太一。ひどかったら医者に行けよ!」 「いや、大丈夫! 思ったよりひどくないから」  太一は一瞬でもヨシュアを疑ったことを心苦しく思った。  ヨシュアはただ単に傷を治してくれようとしたのに…… 「ヨシュア、ありがとうな」 「いいんです……ボクもタイチの血を少しもらったから……」  ヨシュアは悪いことをしてしまった子供のように、少し俯いた。  その日、ヨシュアは少し様子がおかしかった。  誰かが話しかけても適当にあいづちを打ったりしてぼんやりしている。  太一は心配になり、いつものように店が終わってからヨシュアを送っていこうと言った。  少し重い空気の中でヨシュアが話し始める。 「タイチ……ボクは今日初めて人間の血の味を知りました」 「そうか……俺の血はうまかったか?」  太一はヨシュアを気遣ってわざと明るく冗談を言った。 「はい。正直とても魅力的な味でした」  そう答えると、ヨシュアは言葉をつまらせて黙り込んでしまう。 「気にすんなよ。お前は傷を治してくれただけで、俺の血を吸い取ったわけじゃないじゃないか」 「そうなんですけど……ボクはあの時一瞬タイチの血が欲しいと思ってしまった。ショックでした」  そうか。やっぱり様子がおかしかったのはそのことだったのか。 「あれっぽっちの血ぐらいお前にやってもどうってことねぇよ! 傷が治らなきゃ、もっと出てたんだしさ。あ、そうだ。これからも俺がケガをしたら、お前が治せよ。そしたら俺は助かるしお前は俺の血が味わえるから一石二鳥だろ?」 「そうですね……もしボクがそばにいたらそうします」 「すげぇな! ヴァンパイアって。人間を襲うどころか、傷を治しちまうなんてさ! 俺、ちょっと感心したよ」 「でも……タイチは一瞬怖かったでしょう?」  見抜かれていた。  一瞬ヨシュアに血を吸われるのではないかと感じた恐怖。 「ああ……一瞬だけな。でも、俺、ヨシュアを信じてるから」  太一は胸がチクリと痛む。  俺は、本当にヨシュアを信じていたんだろうか。 「ボクもあの時一瞬怖かったんです。タイチの血のニオイに引きつけられて、一瞬頭が真っ白になった。ヴァンパイアは血のニオイには敏感なのです」 「でも、それでもお前は俺に噛みついたりしなかったじゃないか。だから、気にすんなよ! 俺は気にしてないよ」 「はい。ボクは約束を守れます。タイチは仲間にしないと、約束しましたから」 「ああ、そんじゃ、また明日な!」  ヨシュアを送り届けると、太一は明るく手を振った。  ヨシュアはそんな太一の後ろ姿をいつまでも見送っていた。

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