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第14話 【第2章】 ヨシュアの故郷
生まれて初めて乗る国際便はファーストクラスで、太一は若干緊張気味である。
着たことのない外国製のスーツまで着せられて、肩が凝りそうなのだ。
ヨシュアは慣れた風に英語で搭乗手続きを済ませている。
さすがに120年も生きているだけある、と太一はすべてをヨシュアに任せていた。
搭乗するとすぐにアシスタントパーサーが挨拶に来て、飲み物を聞かれた。
「ボクらはワインの赤を。それと食事はいりません、フルーツだけ」
「承知いたしました。ごゆっくり空の旅をお楽しみください」
にっこりと優雅な微笑みを浮かべて深く頭を下げたアシスタントパーサーが立ち去ると、太一はため息をついた。
「いたれりつくせりなんだな……ファーストクラスってやつは」
「乗っている時間が長いですからね。離陸したら映画でも見ましょう」
こんな時ばかりはヨシュアがとても頼もしく感じる。
太一ひとりではとてもこんな風に振る舞えないだろう。
座席には一人一台小型のテレビが備え付けられていて、映画はいくつかのチャンネルが選べるようになっている。
ヨシュアはアニメのチャンネルを選ぶと、無邪気に喜んだ。
大人なのか子供なのかよくわからない、そんなアンバランスなところがヨシュアの不思議な魅力だな、と太一は思っている。
「離陸しますよ」
「ああ、日本ともお別れだ……」
太一はもう当分見ることのないだろう日本を、生まれて初めて上空から見下ろした。
すぐに陸は見えなくなり、海と空ばかりの景色になる。
「小せぇ国なんだな……日本って。もう見えなくなっちまった」
「小さいけれど魅力的で不思議な島です……ボクはとても好きですよ」
「なあ、ヨシュア。もし飛行機が落っこちたら、さすがにヴァンパイアでも死ぬのか?」
「粉々にでもならなければ死ぬことはありませんが……海のど真ん中に落ちたらちょっと困りますね」
「そうだよなあ。簡単に死ねないというのもやっかいなもんだな」
ワインをかなりの量飲んで、眠りについた。
座席はベッドのように広く、快適だ。
目が覚めればロンドンに着いているのだろう。
「タイチ……そろそろ起きてください。もうすぐロンドンヒースローですよ」
ヨシュアに起こされて窓から外を見ると、陸が見えていた。
太一は目覚ましに、とコーヒーをオーダーするが、飲んでみると苦くて飲めたものではなかった。
コーヒー好きだったのに味覚が変わってしまったようだ。
こうやって何もかもが、これから変わっていくのだろう。
ロンドンに着くとそこから車でビギンヒルという空港まで移動して、今度は自家用の小型飛行機に乗り換える。
これでヨシュアの故郷まで帰れるらしい。
ビギンヒルには出迎えが来ていた。
「ヨシュア様、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
「やあ、ヘンリー。キミの運転なら安心だ。この人がタイチ、ボクのパートナーだ」
太一があわてて頭を下げると、ヘンリーは握手の手を差し出してきた。
そうだ、ここはもう日本じゃない。挨拶は握手なのだったと、太一もそれに応える。
「遠いところからよくいらっしゃいました」
笑いながら挨拶をするヘンリーも日本語だ。
ヨシュアの説明では、長く生きているヴァンパイアはたいての国の言葉はしゃべれるらしい。
ヘンリーは30代ぐらいに見えるから、ヨシュアよりはかなり年をとっているのだろう。
「大型ジェット機よりも小型の飛行機の方がスリリングだよ」
少し太一を怖がらせるようなことを言って、ヨシュアがからかう。
太一にはなにもかもが初めての経験ばかりだ。
まるで映画の冒険の旅のようだな、と太一は胸を躍らせていた。
「すげえな。まるでお城じゃねぇか……」
ブラッド家の屋敷に到着した太一は、呆れてものが言えなかった。
「家族が多いので、これぐらいの屋敷が必要なのです。さあ、行きましょう」
ヘンリーは単なる運転手だったようで、太一たちを送り届けると挨拶をしてそのまま帰っていった。
「ああ……久しぶりだな。皆元気にしてるかな」
「元気に決まってんだろ! 死なねぇんだから!」
悪態をついているのは自分を奮い立たせるためで、太一は緊張していた。
ヨシュアは大丈夫だと言っていたが、自分はこの由緒あるヴァンパイアの一族から受け入れられるのだろうか。
もし受け入れられなかったとしても、太一にはもう行くところなどないのだ。
いくら世の中が進んだと言っても、ゲイの結婚など認めてもらえるのだろうか、とそれだけが気がかりだった。
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