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第16話 ヨシュアのパパ
「タイチ……ジョゼとは仲良くできそう?」
ヨシュアが心配そうに聞いてくる。
ジョゼと太一の間になんとなく緊張した空気を感じたのだろう。
「ああ、大丈夫だ。ああいうやつには変に社交辞令とか言わないほうがいいんだよ。普段の俺のままでつき合うさ」
「そうだね……ボクもそう思う。ジョゼはお世辞とか大嫌いなんだ」
「そうだろうな。俺はああいうやつは嫌いじゃない。むしろ、いい友達になれると思うぜ」
ヨシュアは安心したように、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
それだけヨシュアにとって大切な兄なんだろう。
ヨシュアにつれられて、ひときわ大きな扉のある部屋へ行く。
ノックをすると、中から扉をあけて黒服の青年が頭を下げた。
「アレックス様がお待ちでございます」
無駄に広い社長室のような部屋だ。
デスクに向かって何か書き物をしていた様子の男が、ゆったりと立ち上がった。
黒いマントを着ている……
本物の吸血鬼みたいだ、と太一は一瞬ぎょっとする。
「ヨシュア! よく帰ってきた。久しぶりだな」
「パパ! ただいま帰りました! タイチも一緒です……でもパパ、なんでそんな古典的な格好しているのですか?」
「お前が花嫁を連れて来るというから、正装していたのではないか。ほら、早く紹介しておくれ」
花嫁じゃねぇけどなあ……と太一は返事につまってしまう。
なんと自己紹介したものだろう。
「パパ。この人がタイチです。ボクの大事なパートナー」
「アレキサンダー・ブラッドだ。タイチ、我々は新しい家族を歓迎する。アレックスと呼んでくれたまえ」
「はじめまして、招いてもらってありがとうございます」
さすがに威厳がある。
人間でいうと40代ぐらいに見えるだろうか。
「遠慮しないでくつろいでくれ。ところでヨシュア、タイチは男かね?」
どこをどう見たら女に見えるんだっ!と太一は心の中でツッコむ。
「男の人ですよ! 嫌だなあ、パパ。ちゃんと手紙に書いたのに」
「手紙? おお、すまんすまん、ここのところ忙しくてなあ。てっきりお前が花嫁を連れてくると思い込んでおった」
「あの……俺、男です。でも、ヨシュアと生きていくって誓いました。許してもらえますか?」
太一はヨシュアのために、ここできちんと父親と話をしておきたかった。
アレックスは太一の言葉に微笑みを浮かべた。
「もちろんだ。ヨシュアが幸せになるのなら、問題ない。人間だったキミがヨシュアのためにしてくれた選択と勇気に感謝するよ」
よかった……
太一はほっと胸をなでおろした。
ヨシュアも嬉しそうな顔をしている。
「ブラッド家に純血ではないヴァンパイアが加わるのは約200年ぶりだ。人間と結婚するのは難しい。ヨシュアにしたら上出来だ」
「パパ、ありがとう。ボクは今幸せなんだ」
「しかしなあ……ヨシュアが男色だったとは。メリーとの縁談など押しつけて悪かったな」
アレックスはさぞ面白そうに口元を押さえて笑っている。
ゲイであることなど、まったく問題ではないという感じだ。
日本を出てからずっと抱えていた不安が消えていく。
ヨシュアの家族とはなんとかうまくやっていけそうだ、と太一は思う。
「どうやってタイチと出会ったのか聞かせておくれ、ヨシュア」
「うん、ボクが困っているところをタイチが助けてくれて知り合ったんだ……」
久しぶりの親子の再会に水を差しては、と思い太一は相槌を打ちながらふたりの話を聞いていた。
アレックスは温厚でいい人のようだ。
だからヨシュアは素直に純粋に育ったのだろう。
ヴァンパイアという種族は、ひょっとすると人間なんかより余程性格が良いのかもしれないとさえ思えてくる。
「じゃあ、パパ、ボクたちはこれで。ごきげんよう」
「ああ、ヨシュア。タイチと仲良くやるんだよ。タイチもここを自分の家だと思ってくつろいでくれ」
これで一番の難関は突破したわけだが……
「なあ、ヨシュア、ママはどうしたんだよ」
「うーん、わかんないけどフランスにでも買い物に行ってるんじゃないかな。出かけたら2、3年は帰ってこないんだ、いつも」
「俺たちのことに反対して、とかじゃねぇよな?」
「うん、違うと思う。ママは嫁姑問題が苦手だから、かえって男のほうがいいと思うんじゃないかな」
「なるほど。それならいいけどな」
「そのうち帰ってくるよ。いつもそうだから」
ヨシュアは母親の不在を全然気にしていないようだ。
これで、俺はブラッド家の一員になった……ということでいいのかな。
思っていたよりヴァンパイアの家族関係はあっさりしているようだ。
やはり何百年も生きていると、あまりものごとにこだわらないようだな、と太一は思った。
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