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第19話 境界線

 ある日のこと。  ヨシュアがアレックスパパに呼ばれて太一が部屋に一人でいると、そこへジョゼが訪ねてきた。 「ヨシュアなら今留守だぜ。アレックスパパに呼ばれて、一緒に出かけたらしい」 「いや、いいんだ。タイチと話がしたかった」 「俺と? まあいい、入れよ」 「聞きたいことがあるんだ」 「なんだよ、折り入って」 「オナニーのやり方、教えてくれ」  またかよ……と太一は頭を抱える。  ヨシュアとの出会いも、それが始まりだった。  すっぽんの生き血を飲んだヨシュアが出し方を教えてくれ、と言った時のことを思い出す。 「そんなこと、ヨシュアに聞けよ」 「聞いたけど……アイツの言ったとおりやっても出ないんだ。それに、ヨシュアがタイチが上手だってほめてたし……」  さすがにこんなことを頼むのは恥ずかしいのか、ジョゼの声には元気がない。 「教えてくれって言われてもなあ……」  そんなのは実演する以外に教える方法はない。 「ヨシュアがいいって言ったら教えてやるよ」 「なんでだよ! ヨシュアはいいって言うに決まってるだろ!」 「でも、俺はヨシュアのいないところでは、教えてやれない」 「ケチ。なんでヨシュアには教えてやって、オレには教えてくれないんだよっ」  うーん。こいつらの倫理観というのはどうなっているんだろう。  弟の恋人にオナニーのやり方を教わる、というのは人間界では御法度だと思うが。  太一が相手にしないので、ジョゼは折れた。  ヨシュアが帰ってくるのを待って、許可をとると言う。  仕方がないので適当にジョゼの相手をしながら待っていると、ヨシュアが帰ってきた。 「あ、ジョゼ。来てたんだ。昼間からどうしたの?」 「お前にこの間教えてもらった自分で出すやり方、うまくいかねぇんだよ。だから、タイチに教えてもらいに来た」 「出なかった? おかしいなあ……ボクはそれで出るんだけど」 「だからさあ。お前、タイチが上手だって言ってただろ? オレにも教えてくれるようにタイチに頼んでくれよ」 「え? ああ、うん。タイチ、ジョゼにも教えてあげてよ。タイチがやったらきっと出ると思う」  ヨシュアは深く考えずにあっさりと、太一にそう言った。 「おい、ヨシュア……いいのか?」 「うん、ボクは構わないよ。きっとボクの教え方が下手だったんだ」  ジョゼはそらみろ、という顔をしている。 「仕方ねぇなあ……じゃあ、ジョゼ、ちょっとそこのソファーに座れ」  ジョゼは嬉しそうに言われる通りソファーに移動した。 「ヨシュア、ローション取ってくれ」  ローションをたっぷり手に取ると、太一はまだ勃っていないジョゼのモノを取り出して、扱き出した。  ヨシュアと同じ顔をしているだけに、太一はヘンな気分になる。  ジョゼは太一の手元を食い入るように見つめていた。 「あのなあ。そんなにがっつり見られてるとやりにくいんだよ!」 「だって、見ないと覚えられないじゃないか」 「目閉じて、感触で覚えろ!」 「わかったよ……」  ジョゼは素直に目を閉じた。  確かに目を閉じた方が、感触には集中できる。  太一の手の動きは気持ちいい。  ヨシュアに教えてもらったのとは全然違う。 「あっ……なんか……ヘンだ……」 「気持ちよくなってきたか?」 「あっ……ああっ……タイチっ……ダメっ」 「ダメじゃねえの。ちゃんと気持ちよくなれ」  ジョゼは思わず太一にしがみついて、喘ぎ声を上げた。    タイチがジョゼに優しく触れる……  ジョゼはタイチにしがみついている……  ドキン、と心臓が凍りつきそうになった。  ジョゼは気持ちいいんだ……  この気持ちはなんだろう。  嫌だ……嫌な気持ちが沸いてくる。  泣きたくなってくる。  タイチの手で他の人が気持ちよくなるのは嫌だ。  なぜなんだろう。  ボクはジョゼが大好きなのに。  ジョゼにも気持ちよくなってほしいと思ったはずなのに。  タイチから離れてっ!って叫びたくなる。 「ああっ! やめてっ……ヘンだ……オレ……ヘンになる」 「それでいいんだ、イケよ、ジョゼ」  太一はジョゼにそう囁くと、手を強めて扱き上げてやった。 「ああっ……タイチっ」  ジョゼのモノからピンクの液体が勢いよく飛び出す。  ジョゼは肩を震わせながら、おそるおそる目をあけた。 「わかったか?」 「出た……本当だ。出た!」  ジョゼは無邪気に喜んでいる。  しかしヨシュアは心中穏やかではない。 「タイチ、サンキュー! ヨシュアの言ってたこと、本当だった」 「練習すりゃあ自分でできるようになるさ」 「ああ、できそうな気がする。コツもわかったし」  ジョゼは満足したように、ご機嫌よく帰っていった。  ふと気付くと、ヨシュアが真っ青な顔をして呆然と立っている。 「どうしたんだ、ヨシュア」 「ううん……なんでも……ない」  なんでもない、という顔ではないのは見ればわかる。  ヨシュアの目がみるみる潤み始めて、涙が落ちた。 「ヨシュア……」  太一はため息をついてヨシュアを抱き寄せる。 「泣くほど嫌ならなんであんなこと俺にさせたんだ。お前がやれって言ったんだぞ」 「うん、わかってる……わかってるんだけど……ボクはなぜ泣いてるんだろう」 「俺がお前にするように、ジョゼに触れたからだろう?」 「でも……ボクはジョゼが大好きなのに。どんなにお気に入りのオモチャでもジョゼには貸してあげたのに」 「あのなあ。俺はオモチャじゃねぇぞ。貸し借りされてたまるかっ」 「ボクはさっき一瞬、ジョゼを嫌いになりそうだったんだ。こんなことは初めてだ……」    どうやらこの兄弟は仲が良すぎて境界線がないらしい。  ジョゼは当然の権利のようにヨシュアに教えたのならオレにも教えろと言った。  ヨシュアも当たり前のように教えてあげて、と言ったのだ。

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