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第23話 【第3章】 隆二&ジョゼ
ああ……もう朝か。
そろそろ仕入れにいかねぇとな……
まだ外は暗い早朝に、隆二は車を走らせて市場へ向かう。
いい品物を仕入れるためには、朝市に遅れずに顔を出す。
太一がいなくなってから、仕込みも一人でやらなくてはいけなくなった。
だけど、忙しく身体を動かしていると、何も考えなくてすむ。
あいつら、元気でやってるんだろうか。
手紙ぐらいよこせばいいのに。
まあ、太一に手紙を書けというのはムリか……と苦笑する。
あいつは伝票書かせても間違いだらけだったからな。
イギリスがどれぐらい遠いのか想像もつかねぇが、俺が行くことは一生ないだろう。
ずっとそばにいると思っていたやつが、ある日突然いなくなっちまうってのは、想像以上にこたえるもんだな……
それでも死んでしまうよりは、どこかで元気にやっていてくれると思うほうがずっといいけどな。
太一とヨシュアが日本を離れてから、隆二が太一のことを思い出さない日は一日もなかった。
数年間、兄弟のようにふたりで生きてきた相棒だった。
成田空港で入国審査を受ける時に、太一は不思議な気分だった。
どこからどう見ても日本人なのに、外国人の列に並ぶ。
『タイチ・ブラッド』と書かれたパスポート。
旅行に行くと聞いて、アレックスパパが手配してくれたものだ。
どうやってイギリス国籍を取得できるのか太一にはまったくわからないが、何百年も生きているヴァンパイアの力で、出来ないことなどないらしい。
『Sight seeing?(観光旅行ですか?)』と英語で聞かれ、太一は『家族に会いに帰ってきた』とムキになって日本語で答えた。
ここは、俺の故郷だ。
帰って来たんだ、と胸が熱くなる。
「タイチ! 早くオンセンに行きたい!」
ヨシュアはものめずらしそうにしているジョゼにあれこれ説明をしてやっている。
太一は本当はすぐにでも隆二のところへ顔を出したかったが、まずは温泉に連れていくとヨシュアと約束していた。
日本に来ることは隆二には知らせていなかった。
突然訪ねて行って驚かせようとヨシュアが言ったからだ。
隆二はあんな形でいなくなった俺たちとの再会を喜んでくれるだろうか。
「なあ、ヨシュア。やっぱり先に隆二のところ行かねぇか?」
「でもそれだと、ジョゼを温泉に連れていけなくなっちゃうよ?」
3人で日本まで来たが、一応新婚旅行なのでヨシュアと太一はジョゼに内緒でふたりきりになる計画を立てている。
隆二のところへジョゼを預けて、太一と二人で北海道へ行こうという計画なのだが、今のところそれはジョゼには内緒にしてあるのだ。
ジョゼは人の好き嫌いが激しいので、隆二に会わせる最初が肝心だ。
うまく仲良くなってくれればいいのになあ、と思う。
太一とヨシュアはあらかじめ作戦会議をしてあった。
まず1人でジョゼを隆二のところへ行かせる。
ヨシュアと太一が日本に来ていることは内緒にしておいて、ジョゼだけがまずお客さんのふりをして隆二の店に行くのだ。
ジョゼはヨシュアと顔がそっくりなので、それで隆二を驚かせようという計画だ。
温泉はやめてまず先に隆二のところへ行きたい、と太一はジョゼに話してみた。
隆二のところへ行ってサプライズをしよう、という計画を話してみると、ジョゼはあっさり賛成した。
そういう形で人間を驚かせるのは面白い。
太一は、ヨシュアと自分は失踪したことになっているかもしれないし、閉店までは店に顔を出さないほうがいい、とジョゼに説明する。
ヨシュアと太一はホテルで待機していて、閉店したらジョゼが知らせるという段取りになった。
そうと決まると3人は早く隆二を驚かせたくなり、とりあえず隆二の店へと向かった。
「じゃあ、あとでな! ジョゼ」
太一たちはジョゼを店の前まで送り届けると、見つからないようにさっさと退散した。
「ここがタイチの働いていた店か……」
のれんの下がった小さな居酒屋。
初めて日本に来たジョゼにとっては異世界だ。
まず、扉が横に開く、ということすらめずらしい。
ガラっと扉を開けると、店内に客はまだいなかった。
「いらっしゃい」
俯いて仕込みをしていた隆二は、顔を上げてジョゼを見ると思わず固まった。
「ヨシュ…アか?」
あまりに驚いているようなので、ジョゼもどう返事してよいのかわからず、しばらくふたりで見つめ合ってしまう。
「すみません、オレは日本は初めてなのでシステムがわからない。どこへ座ったらいいですか?」
「あ、ああ……どこでもいいんだが、まあ、ここにでも」
明らかに隆二はうろたえて、目の前のカウンター席を指さした。
「ヨシュアに教えてもらって来ました。オレはジョセフ・ブラッド。ヨシュアの兄です」
ジョゼにしては精一杯の笑顔を浮かべて挨拶をした。
実はジョゼは人見知りなので、内心緊張しているのだ。
しかしサプライズの第一弾は大成功のようだ、とジョゼは心の中で笑っていた。
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