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第28話 孤独

 3人は駅で別れて、ヨシュアと太一はホテルへ、ジョゼと隆二は店へ帰ることになった。  隆二は店の2階に住んでいるのだ。  隆二の住んでいる店の2階は、狭いキッチンと風呂、部屋がふたつあるだけだ。  台所の隣の部屋にはテレビとちゃぶ台と家具が少しある。  もうひと部屋が寝室か? 「リュウジ、どこに寝るんだ?」 「ああ、ここに布団を引くんだよ」 「フトン? マットレスのことか」  隆二は押入から布団を2組出すと、並べて敷く。 「太一のやつも酔っぱらうといつもここで寝てたなあ」  床に寝るというのは話には聞いていたが……  これが日本人の平均的な生活というものか。  全部の広さを合わせても、ヨシュアやジョゼの住んでいる部屋のリビングより狭い。 「まあ、狭いが2人寝れねぇことはないだろ?」 「ああ……大丈夫だ。」  なんだかパブリックスクール時代の寮生活を思い出す。  あの時はヨシュアと二段ベッドで寝ていた。  だけど二段ベッドの上下というのと、隣に並んで寝るのは違うような気がする。  並べられた布団の距離が気になる…… 「俺は仕入れで朝が早い。ジョゼはゆっくり寝ていて構わねぇからな」 「仕入れ、というのはなんだ」 「買い物だよ。店で使う材料をな」 「スッポンを買いに行くのか? それならオレもついていっていいか?」 「市場へ行ってみるか? しかし、ジョゼの食えるものはないぞ」 「構わない。一緒に行く」  観光旅行をするより、ジョゼは日本人の生活に興味があった。 「そうか、ならもう早く寝た方がいい。朝早いぞ」 「リュウジはまだ寝ないのか?」 「ああ……俺はもう一杯だけ飲んでから」  台所で隆二はロックグラスにブランデーを注いでいる。 「オレもつき合う」 「そうか? なら一杯だけな。ブランデーは飲めるのか?」 「ああ、ワインと同じ原料だ」  隆二はジョゼにも酒を注いで渡してやると、テレビをつけてちゃぶ台のそばに座った。  どうしていいのかわからないので、ジョゼも隣に座る。  隆二は黙ってグラスを傾けながら、ニュースをぼんやり見ている。 「最近寝る前に飲むクセがついちまってな……」  隆二はこうやって毎晩ひとりで飲んでいるのか。  きっと太一がいた頃は、2人でにぎやかに飲んでいたんだろう。  ヨシュアが突然いなくなった時、ジョゼも毎晩ひとりで寝る前にはワインを飲んでいた。  だから、隆二の寂しい気持ちがわかるような気がする。  ヨシュアが太一を連れて戻ってきてからのジョゼは毎日楽しかった。  しかし、その間隆二がひとりでこうやって生活していたのかと思うと、ジョゼはなんだか申し訳ないような気持ちになった。 「リュウジは……タイチを連れていってしまったヨシュアのことを恨んでいるか?」 「恨んで? そんなこたぁねぇ。ヨシュアは太一の命の恩人だ」 「だけど、そのせいでタイチは人間の生活ができなくなってしまった」 「いいんだよ。俺は今日の太一を見て、あいつは本当に幸せそうだとわかった。嬉しかったよ。俺はあいつが生きててくれるだけでいい」  ヴァンパイアは死なない。  オレもヨシュアもタイチも死ぬことはない。  だけど……リュウジはいつか死ぬんだ。  それもきっと、数十年のうちに……  数十年なんてあっという間じゃないか。  ジョゼは背筋がゾクリとした。  今こんなに仲良くしていても、リュウジだけは死ぬんだ…… 「どうした、元気がねぇな。疲れたんならもう寝た方がいい」 「いや……大丈夫だ」 「ひょっとして一人で寝るのが怖ぇのか? 昼間見たお化けの夢でも見そうで」 「ち、違うよっ!」 「よしよし、俺も一緒に寝てやるよ。ほら、もう寝るぞ」  隆二がからかいながら、ジョゼを布団に連れていく。  部屋を暗くして並んで布団に横になると、窓から電柱の薄明かりが漏れてくる。  目が慣れてくると、同じ目の高さで向かい合っている隆二の顔があった。 「どうした……布団は寝づれぇか?」 「いや、そんなことはない」 「お前ら兄弟は、本当にキレイな顔してるな……人形みてぇだ」  隆二にまっすぐ見つめられると心臓が騒ぎ出す。  タイチはこんな風にオレだけを見ることはなかった。 「太一がヨシュアに惚れたってのは最初は驚いたが……気持ちはわからなくもねぇな。女よりキレイだ」 「オ、オレは女じゃねぇぞ」 「わかってるさ。好きになるのに、性別は関係ねぇってこった」  隆二はため息をついて、ごろり、と仰向けになり天井を見つめた。 「俺は……あいつらがうらやましいのかもしれねぇな……」  うらやましいのか……  ひょっとしてリュウジも恋人が欲しいんだろうか?  それともヴァンパイアがうらやましいのか?  ジョゼはゴクリ、と唾を飲み込んだ。  黙り込んだジョゼに、隆二は笑いながら言う。 「安心しろ、俺はヨシュアの兄ちゃんに手を出すようなこたぁしねぇよ」    手を出すようなことはしないのか。  ジョゼの思考はジェットコースターのようにアップダウンする。 「さ、寝るぞ」  ほどなく寝息をたてはじめた隆二の横顔を、ジョゼは見つめていた。  初めて自分から深く関わろうとしている人間の男。  もし……オレを好きになってくれたら、リュウジは死ななくてすむのに。  タイチともヨシュアとも、ずっと一緒に楽しく生きていけるのに。  だけど、焦らない方がいいよな……  日本にはいつでも来れる。別に今回限りじゃない。  ジョゼは見事にヨシュアの策略にハマりつつあった。  リュウジの寝顔を見つめているだけでなんだか胸が苦しくて、いつまでも眠れなかった。

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