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第29話 手伝い

 翌朝二人で市場へ出かけた。  ジョゼは隆二の仕事の邪魔にならないように、黙って後をついて回ってじっと見ているだけだ。  しかし見たことのないものがいろいろ売っているのはめずらしいようだ。  水槽の中にいるなまこを見てジョゼが顔をしかめているのを見て、隆二は笑った。 「ほら、ここにすっぽんがいるぞ」 「これがスッポンか……」  興味深そうにジョゼはスッポンを眺めていたが、そのうちつかまえてみようとひょい、と手を出した。 「あっ、こら、顔の前に手をだすんじゃないっ……イテテテ……」  ジョゼの手を払いのけようとした隆二が代わりにすっぽんに食いつかれてしまう。 「ご……ごめん、大丈夫か?」 「すっぽんてやつは、一度食いつくと離れねぇんだよ」  隆二は顔をしかめながら、食いついたすっぽんを水の中に沈めてやる。  しばらく待つと息ができなくなったすっぽんは、諦めたように隆二の指から離れた。  水の中に血が流れ出る。 「お客さん、大丈夫ですかっ?」 「ああ、このイキのいいやつ一匹もらおうか」 「こいつは、今日のジョゼの食事にしてやる」  笑いながら隆二はタオルで手をふいているが、そこに赤いシミが広がっていく。  すっぽんを受け取って店を離れてから、ジョゼはおずおずと隆二に声をかけた。 「ごめん……さっきの手、見せて」 「え? ああ、これか。気にするな。慣れてるからな」  ジョゼは無理矢理隆二の手をとると、まだ血のにじむ指先を口に含んだ。 「そうか、そういう特技があったんだったな、お前には……」  ヨシュアもこうやって太一の傷を治してやってたな、と思い出す。  指先からすっと痛みが消えたのを感じた。 「ほんとはこういうことやっちゃいけないんだけど……今のはオレが悪かったから」  ジョゼは少しバツが悪そうに俯いた。 「すげぇな、ほんとに治ってら……お前らの力ってのはほんとうらやましいぜ」  見たことはあったものの、本当に自分の傷が治るのを体験して、隆二は心から感心した。 「ずっとお前がいてくれたら、ケガした時に助かるな」  嬉しそうに笑った隆二の顔を見て、ジョゼの胸はときめいた。  ずっとお前がいてくれたら……  なにげなく言った隆二の言葉が頭から離れなかった。    帰ってから少し仮眠をすると、午後から隆二は店の仕込みを始める。  ジョゼはやっぱりそばでそれを黙ってじっと見ていた。    隆二の包丁さばきは鮮やかだ。  見ていて飽きなかった。 「リュウジ……オレにもなんかできることないかな」 「お前が? そうだな……芋の皮むきでも手伝ってくれるか?」  隆二は大量の芋と新聞紙、皮むき器をジョゼに用意してやる。 「適当にそこらへんに座って、ゆっくりやってくれ」 「これはどうやって使うんだ?」  隆二が皮むき器の使い方を見せてやると、ジョゼは使いにくい、と主張する。  ナイフか小刀の方がいい、とジョゼが言うので小さい包丁を渡してやる。 「気をつけろよ」  ジョゼは仕事を与えられたのが嬉しいのか、機嫌よく次々と芋の皮をむいていく。  案外器用だな、と隆二は驚いた。  ジョゼが料理などしたことがあるはずないと決めつけていたのだ。  太一の最初の頃に比べたら、ジョゼの方がよっぽど料理人に向いていそうだ。 「お前、刃物の使い方に慣れてるようだが、何かやってたことあるのか?」  隆二にほめられて、ジョゼは笑顔を浮かべる。 「彫刻をやっていたことがあるんだ。木の皮をけずったり」 「なるほど、料理じゃなくて彫刻か」  予想外のジョゼの趣味に、隆二は好感を持った。  彫刻のような集中力を要することに取り組むやつは、自分と共通点があるように感じる。  芋が終わってにんじんを渡すと、ジョゼはなにやら思いついたのか、にんじんに包丁で細工を始めた。  楽しそうにしているので黙って放っておくと、ジョゼが子供のような笑顔を浮かべてできあがったものを隆二に見せてくれた。 「ほら、これ見たことある?」 「これはモアイの像じゃねえか……」  隆二は感嘆の声をあげる。見事なものだ。 「こいつは煮っころがしに入れるのはもったいねぇな、今日の目玉商品だ」  あとで客に見せてやろう、と隆二はそれを皿にのせて飾っておいた。  それから隆二は大根やきゅうりなどを使って、ジョゼに細工包丁を教えてやった。  太一はあまり器用ではなかったが、ジョゼは次々と隆二の真似をして細工を覚えていく。  惜しいよな……人間だったらいい料理人になっただろう。  残念ながらヴァンパイアは味オンチだからな。  それに、ジョゼは金持ちだから働く必要なんてないのだろう、と隆二は思う。  その日の仕込みはジョゼが頑張ったので、思ったよりも早く終わった。 「なあ、ジョゼ。お前はアルバイトの必要なんてないんんだろうが、毎日仕事を手伝ってくれたらごほうびをやろう」 「ごほうび?」 「そうだ。お前にちょっとぐらいの金なんかやっても仕方ないだろうから、お前のして欲しいことをひとつぐらいしてやろう。どこか行きたいところがあったら連れて行ってやるぞ? どうだ」  隆二の思いがけない提案に、ジョゼは胸をときめかせる。  仕事をしたことのないジョゼにとって、仕込みの手伝いはそれだけで楽しかった。  して欲しいことを隆二は聞いてくれると言う。  もし頑張ったら。  頑張ったら隆二は恋人になってくれないだろうか。  恋人は無理でも一日ぐらいデートには連れて行ってくれそうだ。 「わかった、手伝う」 「おう。だけど、ほうびは俺にできることにしてくれよ。あんまり裕福じゃねぇからよ」  店が開店する前に、隆二はジョゼに仕事用の作務衣を着せてやった。  藍染めの作務衣で、太一が着ていたものだ。  ジョゼは照れながら嬉しそうな顔をしている。  リュウジとペアルックだ……と心の中で思っていた。  隆二にビールのつぎ方を教えてもらって、ジョゼは飲み物係になった。  

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