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第30話 気づく

 ジョゼはよく働いた。  客の評判も良かった。  きれいな顔の外国人が作務衣を着て働いているというだけで、客は面白がって喜んだ。  店が忙しくなってくると、ジョゼは隆二の動きをじっと見ていて、次にやろうとしていることを黙って手伝ってくれる。  正直、きちんと給料を払ってやりたいような働きだ。  ジョゼが人間だったら絶対に雇っただろう。  ジョゼは暇な時は店の片隅でほこりをかぶっていた、料理の本を熱心に見ている。  写真入りのその本には、いくつもの美しい細工料理の見本があった。  大根で作られた鳳凰の細工などが、ジョゼのお気に入りのようだ。 「リュウジもこんな細工が作れるのか?」 「いや、いくらなんでもそいつは無理だ。そんなのはパーティーなんかの飾りだな」 「作ってみてもいいだろうか?」 「おう、やれるんならやってみろ。なんでも経験だ」  大根の一本や二本惜しくない。  ジョゼのやりたいことはやらせてやりたかった。  大きめの大根を渡してやると、ジョゼは店のすみでさっそく写真とにらめっこをしながら細工に挑戦する。  店にいた客たちは皆、何が始まるのか、と注目していた。    さすがの隆二も驚いた。  だんだんと大根は鳳凰の形になっていく。  客も感嘆の声をあげている。  ジョゼは周囲の声などまったく耳にはいらない様子で、楽しそうに大根と向き合っている。  ジョゼが包丁を置くと、客たちは絶賛して拍手をした。 「リュウジ、こんな感じかなあ?」 「ああ。立派なもんだ。お前には才能があるぜ」  いい後継者ができたじゃねぇか、と客たちは口々に言った。  太一がいなくなったあと、一人で店をやっていた隆二のことを皆心配していたのだ。 「いや、そうじゃねぇんだ。ジョゼは一週間だけ見習いをしているだけで、この店で働くような身分じゃねぇんだよ」  隆二の言葉に、ジョゼは寂しさを感じる。  そうだ、ずっとここにいて手伝えるわけじゃない。  太一の代わりになれるわけじゃないのだ。  人間はヴァンパイアになれる可能性はあるが、ヴァンパイアは人間にはなれない。  隆二がヴァンパイアになるということは隆二に料理人を辞めろ、ということなのだとジョゼは気づいてしまった。  隆二に料理人を辞めさせることなど、できるはずがない。 「ジョゼ、疲れただろう。今日は風呂屋に連れていってやろう。ウチの風呂じゃあ狭いからな」  店が早く終わった日に、隆二はそう提案してみた。 「風呂屋、というのはオンセンのことか?」 「まあ、似たようなもんだ。大衆浴場というやつだな」  太一から温泉の話は聞いていた。  男同士が集まって広い風呂に一緒に入るらしい。  それはちょっと困ったことになった、とジョゼは思った。  隆二に毎日すっぽんの生き血を飲まされているので、実は下半身が困ったことになっている。  ずっと隆二と一緒に寝起きしているので、処理することもできないでいた。 「オレ、ちょっと着替えてくる」 「ああ、片づけはやっとくから、ちょっと休憩してろ」  店のあと片づけをしている隆二を残して、ジョゼは二階に上がった。  今のうちになんとかしておかなければ。  作務衣を脱ぎ捨てると、ジョゼは急いで自分のモノを擦り始めた。  自分でやるやり方は太一に教わった。  目を閉じて、好きな人を思い浮かべるのだと太一は言っていた。  ジョゼは目を閉じて隆二の手を思い浮かべて、夢中で擦った。    早く行かないと風呂屋が閉まってしまうな、と隆二は適当にあと片づけを済ませると、風呂へ行く支度のため2階に上がった。  部屋にジョゼが転がっている。  疲れて眠ってしまったのか、と思って声をかけようとしたが、向こうを向いて転がっているジョゼの手の動きが何をしているのか気づいてしまった。  そうか……  ずっと一緒に寝起きしていたからな。  クスっと笑いながら邪魔をしては可哀想だ、と忍び足で隣の部屋へ行こうとすると、ジョゼの声が聞こえた。 「……んっ……あっ……リュウジっ……」  息を乱しながら、ジョゼは小さな声ではっきりと隆二の名前を呼んだ。  隆二は驚いて足を止める。  ジョゼもか……  ヨシュアだけでなく、ジョゼもゲイなのか。  しかも、俺がオカズか……?  音を立てないように風呂へ行く支度をして、下に降りて待っているとジョゼが着替えて降りてきた。  もちろん、隆二は何も気づいていないような顔をしておいた。  ジョゼも素知らぬ顔をしている。  誘ってしまったものの、ジョゼがゲイなら男風呂になど連れて行っていいものか、と隆二はちょっと悩んだが、行くと言うので連れていくことにした。

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