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第31話 風呂屋にて

 夜中なので幸い風呂屋はすいていた。  2、3人の年寄りがはいっているだけだ。  それでも他人のいるところで裸になるのは恥ずかしいのか、ジョゼは照れてなかなか衣服を脱ごうとしない。  隆二は先に自分が素っ裸になると、手伝ってやろうか?とジョゼをからかった。 「いいよ、自分で脱げるっ!」  ジョゼは脱がそうとする隆二の手から逃げて、顔を赤らめて衣服を脱ぎ始めた。  きれいな身体だ……真っ白で……  隆二はちらちらとジョゼを見ながら、太一とヨシュアが毎日セックスしている、と言っていたのを思い出してしまった。  男同士でもジョゼならあり得る、などと思わず考えてしまい、その考えを打ち消した。  何を考えているんだ、俺は。  ヨシュアの兄ちゃんに手を出したりしない、と言ったじゃないか。 「何見てるんだよっ」  ジョゼは隆二の視線に気づいて、タオルで身体を隠そうとする。 「ああいや、きれいだな、と思ってな……」  隆二は思わず本音をぽろっとこぼしてしまった。  みるみるジョゼの顔が赤くなる……  風呂場でジョゼの背中を流してやると、ジョゼも同じように隆二の背中を洗うと言い出した。  背中に触れてくるジョゼの手に、なぜだか隆二は緊張する。  男の手だとは思えないほど、ジョゼは華奢で繊細だ。  流し終えて浴槽に入ろうとしたら、ジョゼがつるっと足をすべらせた。 「おいっ、気をつけろよ」 「ごっ、ごめんっ……」  慌てて隆二が抱きとめると、ジョゼは真っ赤になって身体を離した。  一瞬裸で抱き合ってしまった感触に、隆二も心が動揺した。  これはマジだな……  ジョゼの反応は、明らかに隆二に気がある、と言っているようなものだ。  その晩枕を並べているジョゼのことが気になって、隆二はなかなか寝つけなかった。  ジョゼも眠れないのか、隣でごそごそしている。  そのうち、ジョゼが身体を起こして近づいてきたのを感じて、隆二は寝たふりをしていた。  頬にジョゼの唇がそっと触れた。  身体を離して寝ようとするジョゼを、隆二は思わずつかまえた。 「ジョゼ……」  ジョゼは驚いたように目を見開いて固まった。 「ジョゼ……お前は、俺が好きか」  ストレートに聞いてみると、ジョゼは困ったような顔をして目をそらせた。 「タイチが……教えてくれたんだ。好きな人にする人間の挨拶。そこにだったら友達でもしてもいいって言った」  キスをした言い訳をするジョゼは苦しそうだ。 「人間の挨拶か。太一も適当なこと言いやがる……日本人はそんな挨拶しねぇぞ」 「そうなのか……ごめん」 「ジョゼ、少し考える時間をくれるか。俺は男と恋愛をしたことはない」  隆二の率直な言葉にジョゼは驚く。  隆二の顔は冗談を言っている顔ではなかった。  月明かりに映し出される隆二の顔が、まっすぐに自分を見ている…… 「オレも……人間と恋愛をしたことはない」 「そうか。お前らにはお前らの事情ってもんがあるんだろうな」 「人間と恋をするのは難しい。ヨシュアは幸せだ」  諦めたようなジョゼの言葉が隆二の胸を打つ。  ジョゼは寂しいのだろう。  俺に頼りたいと思っているに違いない。  一生懸命なジョゼの気持ちに応えてやれるだろうか…… 「ジョゼ、そんな顔をするな。寂しいのなら、そばにはいてやれる」  隆二はジョゼの身体を抱き寄せて、頭をなでてやった。 「リュウジ……」  胸にすがりついてくるジョゼを愛おしいと思った。  この気持ちは、太一のことを可愛いと思っていた気持ちとは違う。 「こら。そんなにしがみつくな。挨拶してやれねぇだろ」 「挨拶……?」 「顔を上げろ、ジョゼ」  隆二はそっとジョゼの唇にキスをしてやる。  男同士だという違和感はなかった。  ジョゼは隆二の腕の中で一瞬固まって、それから小さく震えだした。 「お前はキスしたこともないのか?」 「ヴァンパイアはそんなことしない」  涙目になっているジョゼを見ていると、可愛くてもう少しいじめたくなってくる。 「じゃあ、人間のやり方を教えてやろう。舌、出してみな」 「舌……こうか?」  ジョゼは素直にペロっと舌を出す。  隆二は自分の舌を絡ませるようにジョゼに口づけると、覆い被さるようにジョゼの口内に舌をすべりこませた。  ジョゼは心臓が爆発しそうになって、夢中で隆二のキスに応えた。  舌をからませるだけで、なぜ胸が苦しくなるのか不思議に思う。 「どうした、人間のキスは気に入らないか?」  ジョゼが逃げようとするのを、しっかりと抱きしめて隆二はクスクス笑う。 「そんなことないけど……胸が苦しい」  ジョゼは息を乱して、泣き出しそうな顔になっている。 「可愛いな……お前は」  男を相手にこんな気持ちになるとは思わなかった、と隆二は自分の気持ちの変化にとまどっていた。  ジョゼなら抱けるかもしれない。  だけど、ジョゼと恋愛をするには大きな問題がある。  それだけは簡単に越えられる問題ではなかった。 「リュウジ……もう1回してもいい……?」 「ああ……」  ジョゼがおずおずと自分から唇を重ねてきて、遠慮がちに隆二の方へ舌を差し出してきた。  こんな時まで学習しようとするジョゼの気持ちが可愛い、と感じる。  何度もキスをしながら、その晩は抱き合って眠った。  ジョゼは幸せだった。  そしてその幸せが長くは続かないような気がして、怖かった。

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