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第34話 酌み交わす

 店をあける時間が近づくと、太一とヨシュアはホテルにチェックインすると言った。  店の客と顔を合わせるのはまずいからだ。 「ジョゼは……どうする?」  ヨシュアがジョゼの顔色を伺うように言った。  ヨシュアはジョゼは明日の出発まで隆二と一緒にいたいのではないかと思っていた。 「オレも一緒に行く。リュウジは仕事があるから、これ以上迷惑かけられない」  身体が引きちぎられるような寂しさを、ジョゼは顔に出さなかった。  また、会いに来ればいい。  太一とヨシュアの結婚パーティーに出ないわけにはいかない。 「リュウジ、世話になった。また来る」 「ああ、いつでも来たらいい」  見つめ合うとキスをしたくなったけど、ジョゼは我慢した。  キスをしたら離れられなくなってしまいそうだから。  隆二は三人を店の前で見送る。  黙って歩き出したジョゼにヨシュアはもう一度聞いた。 「ジョゼ……本当にいいの? リュウジさん、なんだか寂しそうだよ」  振り返ると、笑顔で手を振る隆二が、ひとりぽつんと残されている。  ジョゼは思わず立ち止まり、気がついたら隆二めがけて駆け出していた。 「リュウジっ!」 「ジョゼ……」  駆け寄ったジョゼは、隆二をにらみつけて、思い切り叫んだ。 「なんか……なんかオレに言うことないのかよっ! 行くな、とか、寂しいとか、待ってるとか!」    隆二は一瞬驚いた顔をして、それからニヤっと笑いを浮かべた。 「お前こそ、なんか俺に言い忘れてねぇか?」 「オレが……?」 「俺はそんなに長くは待っててやれねぇぞ。お前が何十年かたってふらっとやって来たって、ジジイになって抱いてやれねぇかもしれない。死んでるかもしれないんだぞ。俺になんか言うことねぇのか」  にらみ合っているふたりを見て、ヨシュアは気が気ではない。  太一は、先に行こう、とヨシュアに言って歩き出した。 「大丈夫かな……あのふたり……」 「大丈夫さ。隆二は無責任なやつじゃない。ジョゼは日本に置いていこうぜ」  隆二のあんな顔は初めてみた。  何があったか知らないけど、隆二はジョゼに惚れたんだろう、と太一は確信していた。 「リュウジ……リュウジが好きだ。一緒にいたい……」  ジョゼが隆二の胸に飛び込むと、隆二はしっかりと抱きとめた。 「だったら、俺に言うことがあるだろ。俺がお前の側にずっといてやるにはどうしたらいいんだ」 「それは……」 「遠慮しねぇで言いたいことは言え。男だろうが!」 「でも……ダメだ。オレにはそんなことは言えない」 「ダメかどうか決めるのは俺だ。言うぐらい言ってみろ」  泣き出してしまったジョゼを隆二はとりあえず店の中に連れて入ろうとした。  もうこのままジョゼを行かせるわけにはいかない……  サイは投げられた。  転がるところまで転がってやる、と隆二は心を決めた。  振り返ると遠くで太一が頑張れよ、というように笑顔で手を振っていた。  店の中へ入って、ジョゼを座らせると、隆二は戸棚の隅で埃をかぶっていた赤い漆塗りの大きな盃を探し出してきた。  日本酒の酒瓶をジョゼの前に置いて、隣に座る。 「ちょっと酒を飲ませてくれるか……俺は本当はこの日本酒が一番好きなんだ」  ジョゼは黙ってうなずき、隆二をじっと見ている。  隆二は盃に日本酒を注ぐとぐいっと一気に飲み干し、それからまた酒を注いだ。 「なあ、ジョゼ。日本じゃあ夫婦になる時、酒を酌み交わすんだ。ひとつの盃を分かちあってな」  何を突然言い出すのかと不思議そうな顔をしているジョゼに、隆二は盃を差し出す。 「俺の盃でよけりゃあ、受け取って飲み干せ」  ジョゼは驚いて隆二の顔を見つめる。  隆二は笑っている。  日本の結婚式のまねごとをしようとしているのだ。 「オレが飲んでもいいの?」 「嫌なら断れ」 「嫌じゃないっ! 飲むよっ」  ジョゼは隆二がひっこめそうになった盃を奪い取って、一気に飲み干した。  味わったことのない芳香が口の中に広がった。  隆二はまた酒を注ぐと、自分の口に運んだ。 「お前らの仲間になったら、この酒も味わえなくなるのか……」    仲間に、という言葉にジョゼは心臓が止まりそうになる。  リュウジは本気で言ってるのか……? 「それは大丈夫だと思う。オレ、今飲んで美味しいと思ったから」 「そうか……そいつはありがたい。酒が飲めなくなるのは寂しいからな」  隆二はまた酒を注ぐと、ジョゼに手渡す。  3回それを繰り返すと、隆二は立ち上がって店の外に休業の札を出した。 「店、あけないのか?」 「馬鹿野郎、大事な結婚式の最中に店なんかあけてられるかっ」  隆二は笑いながら、店の明かりを消した。  もう……この店をあけることはないのかもしれない。  思い残すことはない。  太一とふたりでこの店をやっていくのが夢だった。  ひとりでここに取り残されるぐらいなら、ジョゼに残りの人生くれてやる。

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