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第3話
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・・・とその前に。
彼らが新生活のスタートに赤司邸を選んだ最大の理由はといえば、それはひとえに。
現在はもっぱらグループの会長として。あるいは自分に代わり社長に就任した息子の後ろ盾として――。
日本屈指と称されるようにまでになった巨大グループ企業の、なお一層の発展を支えるエンジンとして、率先し身を粉にして働いてきた征臣がここ数年・・・季節の変わり目などにちょくちょく体調を崩すようになったためであり、かつ何かにつけ気にかけていた矢先に――。
(しかもその都度『お願いですから、一度ちゃんと病院で診てもらってください』と・・・。血の繋がった息子以上に親身になって心配してくれる黒子に頼まれても、とうとう聞き入れようとしなかった筋金入りの病院嫌いである)
付き合いだから仕方ないんだなんて言い訳しながら、正月事納めとなる8日のまだ陽も登らぬ早朝かからごそごそ・・・のち、いそいそと出かけて行ったニューイヤー・ゴルフコンペ中、突然胸の痛みに襲わて倒れ、結局一か月ばかり入院し療養することになった征臣に・・・。
幸い此度は大事にならずに済んだ・・・がだからこそ。
これまでもさんざん無茶をしてきていることだし、だから『いい機会だと思って、この際徹底的に調べてもらいましょう』と医師たちと結託して進言し、渋る当人をどうにか説得して検査を受けることをようやく承諾させることができ、人心地ついた・・・まではよかったのだが。
今まで病気らしい病気にかかったことがなかったことがない上。
しっかり自覚があるほどの仕事中毒が、突然まとまった休日を与えられたところで・・・。
しかも。
なにかにつけ、行動や自由に制限がある公共の施設での加療生活とあっては、せいぜいが時間を持て余すのが関の山・・・どころか。
持て余すからこそ、ついいらぬことまで考えすぎてしまう――しかも悪い方へ悪い方へ。
(なぜって一歩個室を出たとたんいやおうなしに目に入るのは・・・程度の差こそあれ周りは心臓に疾患を持つ入院患者ばかりなわけで)
・・・とかいうあるあるすぎる悪循環の泥沼にはまり込んでしまったがゆえに――。
(*ちなみに入院の原因になった心臓の疾患に関しては、ごくごく初期の狭心症であり・・・今後注意深く経過を観察していきましょうとの医師の言であったし、それ以外に悪いところは見つからなかった)
見舞いに訪れてくれたゴルフ仲間兼、昔馴じみにぽろっと漏らした弱気や悲嘆の言葉の数々を・・・・・・いっそあきれるくらい自分に都合のいいように良いとこどりして、曲解しただけでは飽き足らず。
なんとその翌日の午後には、赤司グループ本社・社長室へ自らの足で意気揚々と、しかもアポなしで押し掛け。
「征臣君が『孫の顔を見ないことには死んでも死にきれない』って言うから、」・・・なんて。
いかにも“お前たちのためを思って”みたいな顔して、とっくに・・・しかも何度も断りを入れたはずの見合い話しを、またも図々しく持ち込むその面の皮の厚さに・・・。
『まあ実際これくらい・・・心臓に毛が生えてるのかってくらい厚かましくないと、政治家なんて務まらないのかもしれん』・・・が、つくづくこうはなりたくないものだと自らを戒めつつ――・・・。
『オレたちの仲を認めると言ってくれて、テツヤのこともあれほど――息子としてどころか、初孫できちゃったみたいなノリで猫かわいがりしておいて・・・』
『・・・そのくせ今更やっぱり見合いしろとか、孫の顔見せろとか・・・まさか本気で言ってるわけじゃありませんよね?』と。
・・・さらには。
実は昨日、経済産業大臣自ら我が社を訪ねていらしたかと思ったら・・・去り際、一方的に来週末(見合い)の日程と、(会場となる)ホテルの名を言い残して行かれたんですが――。
たとえこの件がもとで後々我が社が不利益を被ることになろうと、圧力や妨害を受けることになろうが、大臣の権力に屈する気はないですし・・・?
なによりかの紅緒嬢(元許嫁)と結婚とか子作りなんてする気なんか、これっぽっちもありませんからね? などと努めていつもと変わらぬ調子でもって。
たとえばそれはそう・・・尋ねるというより、勧告しているみたいな。
そんな、どちらかといえば血の繋がった親子というより、ビジネスライクに徹した便宜上のパートナー同士・・・それ以上でも以下でもないみたいな、味もそっけもないやりとりを。
(ここに緩衝材=テツヤが混じると、とたん。びっくりするくらい二人とも纏う雰囲気から口調から、何から何まで変貌する・・・ため、この現象を幸運にも見かけることができた人々の口を伝い、何かの神話みたいに密かに語り継がれていたりする)
あろうことか。
もしくは、まさかそんなはずはないとは思いつつも・・・。
さすがの赤司と言えど、あのひたすら強かった父がつい漏らした(らしい)弱音なぞ聞かされれば、たとえ本人に自覚はなくとも、いつも通りとはいかないというか。
そう、よりによって一番聴かせてはならないと思っていた黒子テツヤに・・・。
――院内で営業中の某コーヒーチェーン店から「悪いが三人分の飲み物を買ってきてくれないかい?」とお使いを頼まれたものの(赤司親子はブラックコーヒー)、注文する直前になってフと、『そういえば、心臓に疾患のある人がカフェインたっぷりのコーヒーを・・・しかもブラックなんかで飲んだりなどして、果たしていいものかどうなのか?』と不安になったため。
何分相手は心臓、命に係わることでもあるのだしと・・・念のため病室に取って返し、そして。
さてとばかりドアをノックしようと、拳を持ち上げかけたとたん計ったかのごときタイミングで・・・・・・。
廊下と病室を隔てる薄っぺらいスライドドア越しに聴こえてきた、パートナーの声にふと違和感を覚えてしまったがゆえ。つい・・・条件反射で身構え、耳を澄ましてしまったものだから。
とりあえず後に改めて経緯まで含め説明するのは当然のことではある――が。
とりあえず現段階においては、なるべくなら黒子の耳には入れたくない・・・けれど、今日この機を逸すると次は二週間後になりそうだから、仕方なしに切り出した話しの内容を・・・しっかり把握してしまったばかりか・・・。
だからこそ前から決めていたにもかからわらず、一緒に出掛けたくなさそうだったのかとかそういう・・・赤司なりの配慮であったりが手に取るように理解できるからこそ。
なにより。
たとえどんな困難が待ち受けていようと、見合いなど絶対にするつもりはないときっぱり言い切ってくれたからこそ。
こんなふうに・・・盗み聞きみたいな形で何があったか知ってしまったことを、なんとなく言い出せなくなってしまったのだが。
・・・がそれは今にして思えば『なぜ?』と首を傾げたくなるような。
とにかく間が悪かったとしか言いようのないこの出来事がまさか…この日以降ずっと黒子を動揺させ、苛み、悩ませ続けることになる・・・どころか。
とうとう失踪を決意させるほどの大事に発展するなど――。
(しかも、青年海外協力隊にかこつけた(というのも黒子は進路を決めるギリギリまで、作家になるか教師になるかの二者択一で悩んでいたのだ)国外逃亡とかいう壮大さで)
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