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第7話

*****  ここまで二人を運んできたリムジンを降りてから、まだ3分と経っていない・・・にもかかわらず。 むき出しの首をぎゅっと首をすぼめ、斜め後ろに待機しながらガタガタ震え出した気配を察し、叱りながら脱いだ・・・某有名高級ブランドが手掛けたカシミア製のトレンチコートを。  「いえでもそれじゃ赤司君が風邪ひいちゃいます」となおも固辞する頑固者の薄っぺらい肩に「いいから」と強引に羽織らせたら。  「ほら(自動)ドアが閉まらないうちに早く中へ」と・・・背をポンポンと軽く叩いて先を促す、そのついでみたいな仕草で、またぐっと互いの距離を縮めつつ――。 「でも」とか「だってここは・・・」とかごにょごにょ言いながら、ここに至ってもなお二の足を踏む黒子に。  「ここまで来て今更ごねるなら、この場で無理やりにでも抱き上げて連れて行くしかないかな?」 「抱き・・・? は・・・?「ちなみに・・・世に言うお姫様ダッコってやつだよ」」  ・・・それはそうと、ほらテツヤ見てごらん。あそこ・・・植え込みのそばで話し込んでる(中年)女性たちはもしかすると、このマンションの住民かもしれないね? だとすれば、これは・・・お前のこと(存在)を知ってもらういいチャンスになるかもしれないね? ――なんて茶目っ気たっぷりに脅しをかけてくる美男に。 「は~・・・わかりました。行けばいいんでしょ行けば・・・」 「わかればよろしい」  ほんとこういう時の赤司君の押しの強さときたら・・・ほんとこの暴君め!  ・・・っていうか、何のためにボクが青年海外協力隊に参加したり、帰国後離島(八丈島)で暮らすつもりでいたと思ってるだと、内心でぶーぶー文句たれつつ。 いつの間やらガッチリ腰に絡みついていた腕から逃れるのを、吐き出した嘆息とともに早々に断念したら・・・いざ、エスコートされるのに素直に従って専用のエレベータで最上階のペントハウス(4LLDK)へ――。  ・・・そして。  「さ、どうぞ入って?」 「ええ・・・はい」 セキュリティー対策が万全に施された玄関扉をくぐり抜け、相変わらず気が進まないながら・・・上がり框の前で履いていた黒いレザースニーカーを脱ぎかけたとたん、後ろから覆いかぶさってきた逞しい身体にぎゅうと抱きすくめられ。 「・・・やっとだ、テツヤ」とそう・・・高校三年生になったとたん第二次成長期?に突入。卒業するころには10センチ近く、さらに大学一年生のころさらに3センチ、二年生になってさらにもう2センチほど伸びて・・・結局現在第二秘書を務める実渕とそう変わらぬ長身を誇るまでになった、設定盛りすぎにもほどがある超絶美男に『辛抱たまらん!』とばかり――。 (成長期突入当時、まだ付き合っていなかったこともあり・・・大会などで顔を合わせるたび変化を遂げている赤司に向かい『裏切者め』とか『赤司君だけはずっとボクの仲間でいてくれるって信じてたのに、ひどい・・・君なんてもう知りません』などと悪態を吐きながら、わき腹だったり鳩尾だったをどすどす手刀で突くという・・・怖いもの知らずにもほどがある振る舞いで、周囲を凍りつかせまくっていた黒子氏である)  仙骨のあたりに発情のしるしである股間の凶器をグイグイ押し付けられ、旋毛の匂いをくんくん嗅がれながら、また一層低さの増した艶たっぷりの掠れ声で「まずちゃんと話し合わなきゃならないことはわかってる・・・が、ムリだ。ガマンできない」と「だから、とりあえず一度でいい・・・抱かせてくれ」と「ほんとにお前が戻ったんだって、確かめさせて」と・・・。  “愛してるテツヤ”と“好きだテツヤ”と交互に応酬される合間にねだってくる・・・長期出張などで一週間ぶりに再会したときなどに顔を出す、余裕もへったくれもあったものじゃない、野獣モード全開な様子にいろんな意味で安堵しつつ。 ・・・がこのまま調子に乗せてなし崩しにされると、後で痛い目を見るのはほかでもなく黒子であるため。 ガウガウ唸りっぱなしだわ、今度はむき出しの首筋やうなじをゾロリと舐めあげてみたり、カプカプ甘噛みまでし始めた・・・飢えきった雄ライオンに、少々の人間らしさ(冷静さ)を取り戻してもらうべく――。  「それはそうと、ここからパッと見ただけでも部屋がいっぱいあるのわかるんですけど・・・ほんとにここに君一人で・・・? ン・・・」  ――初めてペントハウスなる場所に来てみたが、そんなボクにもすぐわかるくらい・・・明らかにファミリー向けって感じがする。のに、生活感全然なさすぎっていうか・・・なにより赤司君以外の誰かの匂いも、気配すらない・・・ということはやはり、ほんの数日前興信所の探偵が語って聞かせた話しうは事実以外のなにものでもなかったのだと・・・。 逞しい腕の中にガッチリ閉じ込められているせいで身動きもままならないため、せいいっぱい首をそらして甘噛みから逃れつつ・・・問いかけでもって気勢をそらして。 「朝ここを出るまではそうだったよ? ン・・・がこれからはオレとテツヤとでの二人暮らしになるけどね・・・ン」 「ン・・・ってことはほんとにお見合い断っちゃたんですね・・・んぅ」   ――が敵もさるもの。 チャンス到来! とばかり・・・首筋の代わりに差し出されたいかにも熟れごろな唇めがけ、まずは触れるだけの口づけを幾度かしかけ。 そして黒子が一切の躊躇なくすんなり受け入れたのを見て取るや――腕の中の身体をくるり反転させ・・・と同時に潜り込ませた舌と舌とを絡めあってみたりしながら・・・。 20センチ近く開いた身長差がゆえに、すぐ悲鳴を上げ始めるこらえ性のない背筋や腰が限界を訴え出すぎりぎりまで、甘い甘い口内を貪っておいてから・・・。 「断っちゃったって・・・そもそも、オレにはテツヤ(パートナー)がいることを承知の上でなお、話しを振ってくるその神経こそ疑うが」  ・・・しかも見合い相手の彼女には高校入学前と大学卒業時に・・・ずっと好きな人がいるから君と“結婚を前提にお付き合い”する気はないと、本人に面と向かって断りをいれていたにもかかわらずだから、正直彼ら(今回見合い話を持ってきたのは彼女の祖父=経団連の理事=征四郎の旧友)の神経を疑ってしまったよと続けかけたのを、今はそれどころじゃなかったと思い留まり。そして・・・。  「・・・と。とりあえず話しここで終わりだ。続きは後でゆっくり落ち着いてからにしよう・・・ね?」 「えー・・・」 「えーって・・・けどテツヤの方こそ、今のキスでとっくに話し合いどころじゃなくなってるだろ?」 「そん、な、ことは・・・」 「あるさ。だってほら・・・・・・ね? テツヤは身体の方がよっぽど正直だ」  ・・・男はこうなると隠せないのがつらいところだねと、うるうるの瞳を嬉しそうなにのぞき込みながら言い放つや、ダメ押しとばかり・・・濃厚なフレンチキスで張りつめた欲情のしるしを、黒スキニー越しにこれ見よがしにやわやわ当てがった手で愛撫して――気を抜くと床にへたり込みそうなるのを必死でこらえる黒子に追い打ちをかけ。 「それ言うなら君こそ・・・って、ぅわ、っ、は、や、ぁぁ・・・」 「! ・・・っと、危ない」  ぞわと背筋を駆け抜けたふいうちの快感に、とうとう立っていられなくなり尻もちをつきそうになった痩身を、持ち前の反射神経を発揮して間一髪抱き留めたら。 「・・・が、ちょうどよかった。ついでにテツヤ王子をベッドルームに連れ去ってしまうとしよう」  ものはついでとばかりひょいと・・・何でもないことみたいに168cm57㎏の成人男性を姫抱きにし――自分だけ、常とは違う乱暴な仕草で黒のレミジオを脱ぎ捨て。 「もう、だからそれ(王子様呼ばわり)やめてくださいって何度も」 「はは、ごめんごめん」 「とかいうわりに、全然反省なんかしてないくせに・・・ってそんなことより、ボクも靴・・・」 「部屋に着いてからでいい」  いつもの習い性に従い首にかじりついてきた黒子の重みなど感じさせない軽快な足取りで、またたく間に最深部に設けられた主寝室に最愛を連れ込むや――。  「赤司君のうそつき~! ・・・一回だけって言ったのに~」とか。 「約束がちがいます」・・・と行為が終わるたびに繰り出される抗議ももろともせず。 賢者タイムなどどこ吹く風で、いくらでも湧いてくる欲望に素直に従い4回戦目に挑みかけたところで・・・。 (この時点で寝室に到着してから3時間以上経過している・・・がちゃんと実渕の助言に従い可能な限り黒子のペースに合わせ、かつてないほどの自制と忍耐を己に強いて・・・ゆっくり優しく抱いた・・・つもりであるし・・・実際、初めてスローセックスなるものを実体験した黒子は、終始とても気持ちよさそう・・・どころか二度目の空イキ以降、悦すぎるあまり感極まって泣きじゃくる場面もあったし(本人が一番びっくりしていた)。そしてそんな最愛の、いっそ目に毒なほどの痴態を目の当たりにした赤司までもが・・・えもいわれぬほどの幸福感やら達成感やらで胸がいっぱいになり、もらい泣きしそうになるわ・・・下手するとこのまま召されてしまうのではと、不安まで覚えだす始末だわで・・・ゆっくり進む行為とは裏腹に、内情は結構慌ただしかったりしたのだった)  とうとう体力が底をついた黒子が、唐突に夢の世界に旅立ってしまったため仕方なしに・・・一時休戦とすることとすると。  それならばと・・・しばしの間、安らかな寝息を立てる愛しい人を凪いだ海のような穏やかな心地で眺めておいてから。  ――さて、それじゃこの隙にさっさと準備を終えてしまうことにしようと。 微塵も疲れを感じさせない動きで全裸のままベッドを降り、主寝室専用のバスルームでざっと身体を清めたのち・・・漆黒のバスローブを、いったいどこのモデルだ? と問いたくなるほどカッコよくかつ、セクシーに着こなすお誕生日様が・・・頭に乗せたバスタオルで濡れ髪をタオルドライしながら、カリフォルニアキングサイズのベッドの奥に備え付けられた、ウォークインクローゼットに向かう・・・・・・。  ・・・とほどなくして。来るべき日のためにと、かねてから準備していたそれら――FBIの長官を通じ特別に入手したGPS付きの足枷(犯罪抑止や、逃亡阻止のためアメリカで実際に使用されているもの)と、軽さと強度の両方を兼ね備えた特注のOTTOLOC〇(多層レイヤーのステンレスバン ド・長さ15メートル余り、黒色)を携えて戻るなり――。  「目が覚めて、足にこんなものが着けられてることを知ったら・・・これからずっとこの狭い籠(ペントハウス)に閉じ込められることになると知らされたら、この子はいったいどんな反応をするだろう・・・?」  ・・・自由に空を飛び回る羽を捥がれてなお、オレの名を呼んでくれるだろうか。 非道なことだと理解した上でそれを強いるオレを赦し、受け入れてくれるだろうか。  ──なぜって決めていたからと。  ようようテツヤを取り戻すことができたからには・・・たとえお前が『お願いだから自由にして』と、『非道いことしないで』と泣いて乞うても、もう絶対に手離してなどやらないと。 ・・・なぜなら、お前はオレがいなくても生きていけるのだろうがオレはそうじゃないからと。 二度と昨日までのあの――初めてお前に味わわされた敗北感どころじゃ到底済まないほど、ひどい胸の痛みや喪失感になどこれ以上耐えられないからと。  だからこそ。己の命より大事な掌中の珠であり、幸せの青い鳥でもあるお前を二度と失うことなどないように・・・羽を捥ぎ足枷をはめ、鳥かごに閉じ込め、誰の目にも触れない場所に隠しておくことにしたんだと。  ・・・がその代わりに。 自由に飛び回る権利を奪われ籠に閉じ込められた挙句、オレを幸せにするためだけに生きろなどという傲慢を無理やり押し付けられる・・・。 そんな過酷な宿命を背負わされるお前を、黒子テツヤただ一人を生涯愛しぬくと誓うからとそう――・・・胸の奥で改めて誓いを立て直しつつ、足元の部分だけ掛け布団をめくり一緒に眠るときのことを考えて左の足首にそれらを装着する。 そしてもう一方を・・・ベッドのフットボード部分から2メートルばかり離れた壁伝いに置かれた三人掛けソファと、コーナーの間に設置されたステンレス製のポールに(ポールダンス用のものに似ている。・・・がこちらは天井の梁にしっかり固定されている。かつ同様のものが各部屋に設置されている)・・・。 念には念を入れダイヤルロック錠付きでくくりつけたら。 (とはいえ・・・チェーン代わりのステンレスバンドについては、黒子の返答いかんによっては使用中止にしても・・・GPS(足枷)だけで十分かな? なんて思っていたりもする)  ポイントを押さえたタオルドライと、それなりの時間経過と、寒がりなパートナーが快適に過ごせるよう調整されている空調のおかげで、もう八割がた乾いた・・・平日はオールバックにしているため、学生時代より若干長めに切りそろえられた赤髪に指を通し『うん、これならわざわざ乾かさなくても大丈夫かな・・・どうせ後でまた一緒に風呂に入ることになるし、寝癖の一つや二つどうってことないな・・・』と。 『あとこのタオルも・・・その時(黒子を風呂に入れる際)ついでに片づければいいか』と、自分が横になっていた側に置かれたサイドテーブルの上に、首から抜いたそれをひょいと放り投げて・・・なんて、案外だらしない一面を発揮してみたりなどもしつつ(・・・がただしこんな風に隙を見せたりできる相手など、ごくごく限られているが)・・・。    赤司がいくら部屋の中を動き回ろうが、布団をめくって足首に直に枷を嵌めようが(まあそこは彼なりに・・・極力物音を立てたりしないよう、注意を払ってはいるが)・・・一向に目を醒ます気配すらない、まさに“sleeping beauty“のたとえがぴったりなパートナーの――なにかしらあるたび口づけるのが、もうすっかり習い性となっていた愛らしいデコ宛に・・・。 「(さてと・・・それじゃ夕食の時間までオレもひと眠りするとしよう)おやすみテツヤ」と一年半ぶりのキスを贈り。かつては当たり前だったいろいろが、またこうやって日常に組み込まれていく幸運に恵まれたことに。失いかけていた幸せの青い鳥を・・・立場や責任やらがあるゆえ、自らはなかなか動き回ることのできない日本一多忙な社長に代わり・・・興信所の探偵たちと連携し、かくれんぼを大の得意とする影薄な伴侶を見つけ出してくれた元チームメイトたちに、改めて心から感謝しつつ。 そのなにより大事な宝物が、眠っている間に誰かに奪われたりしないよう腕の中にしっかり閉じ込め四時間ほど眠ることにしたのだが――。    わざわざアラームなど使わなくとも、起きたいと思うころ自然に目が覚める・・・そんな特殊能力を持つ赤司であるにはあるが・・・それにしてもである。 黒子を懐に抱いて眠っただけでこうも違うものかと――まるで憑き物が落ちたみたいにすっきり軽くなった身体や、放っておいても勝手に奥底からじわじわ漲り出てくる士気に『いやそれしても・・・十分承知しているはずでいたにはいたが、まさかここまで単純だとは思ってなかった』と、自嘲交じりの苦笑いをこぼしてみたのち・・・。 気遣い上手な第二秘書が手配してくれた食料をコンシェルジュから受け取ると――。 (専用のエレベータを使うのだし、顔を合わせるのは件の中年男性のみであるし・・・このままでも問題なかろうと。バスローブ+同色のスリッポンサンダル(ブランドに疎い黒子は気づいていないが、これ実はグッ○だったりする)という、どうにも気の抜けきった姿で挑んだ社長様・・・が、にもかかわらず・・・。 駄々洩れっぱなしの色気や、オーラや、物腰やら、会話術やらで・・・アラフィフの既婚男性を、うっかり道ならぬ恋路に引きずり込みそうになったりなんかもしつつ(事実、もうあと5秒余計に見つめられていたら危なかったらしい)、著名な友禅作家がデザインを手がけたショッパーや、ケーキ箱が入れられたレジ袋などをいくつもぶら下げて戻ったら。  早速付箋に書かれた指示に従い、今晩の夕食となる・・・色鮮やかでボリュームもたっぷりな老舗料亭作の折詰と、バースデーケーキ代わりのフレー〇・シャンティとショコラ・レ〇ェを・・・。 今のままだとダイニングルームの中にまでは入ってくることができない(寝室から15メートル以上離れているため)、スリーピングビューティーのもとへ運んで――。 (ちなみにこれ以外にはレンチンするだけのスペイン料理や、イタリアンや和食やら・・・焼き菓子やらスープ類やら、大吟醸やら・・・と二人が好みそうなものが、手あたり次第詰め込まれていた)

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