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第9話

*****  「ところ、で、みぎあし(首)についてるこ、れ・・・って」 「ん? ああ、気づいてたのか」 「えー、きづかないほうがぎゃくに「でそれ足枷ってやつなんだが・・・GPS付きのをFBIから譲ってもらうついでに、その先に繋がってる・・・チェーン代わりのステンレスバンドも、アメリカの本社に依頼して長いのを特別に作ってもらってね?」」 「あめりか・・・えふびーあい・・・どのえふびー? ・・・え?」 「どのFBIもなにもFBIと呼べる機関は世界中に一つきりなんだが、とにかく。これなら太くて重いチェーンを引き摺って歩くより、よっぽど肌や足(首)への負担が少なくて済むんだ」 「へぇ・・・(そうなんですね)」  ・・・とかなんとか。 夢の世界に片足を突っ込みながら呂律の怪しい口で尋ねてきた黒子に、まるで千夜一夜物語でも語り聞かせるがごとき調子で、ことと次第によら・・・なくとも十分、逮捕監禁罪で訴追されるような事実をケロリと暴露してみせるのに。  「ってことは? ・・・ふふ。ボクもういっしょうここ・・・きみ、から・・・にげだせなくなっちゃいました、ね・・・?」 「ああ。絶対に逃がしてなどやらない」 「赤司征十郎の名にかけて、二度と同じ失態を犯す気はない」 「でも、ほんとにそれで(いいんですね)・・・?」 「いいもなにも。もうあんな(テツヤがいない間ずっと感じていた)・・・、ひどい失望感や虚無感など味わいたいとも思わない。ご免だ」  意外や意外というか・・・・・・さすが赤司征十郎ほどの傑物が、“生涯唯一“のよりどころだと確信しただけはあるというか。  その到底常人では背負いきれぬほどの――わずかでもさじ加減を誤れば、あるいは、それを受け止める相手が黒子でなかったなら、ただの支配欲にすぎないのではないかと。 だからこその固執や束縛なのではないかと、誤解されかねないほどの偏愛も――。  そしてこんな・・・恐いくらいの愛し方しかできぬ人が背負うトラウマも、業も、宿命までも全部受け止め肯定し、赦し、癒すことすらできる度量の大きさを発揮し(ここぞという場面において発揮される黒子の胆力は、もちろん今も健在である)、いかにも何でもないことみたいにさらりと。 いっそ――その身に課された重い罰を罰とも思わぬというか、なんなら悦んですらいるのでは? ・・・と。実はどこかでこうなることを望んでいたのでは? と錯覚しそうになりそうなほどに。 どこか余裕すら感じさせる、その態度と声音に『やはり思い違いなどではなかったのだ』、『ただのエゴではなかったのだ』と。  やはりオレの青い鳥は――・・・。 作家でもある黒子テツヤが、その名を広く世間に認知させるきっかけとなった出世作であり、最大のヒット作でもある『魍魎の棲家』の主人公に、己が抱える潜在的な夢を託していたのだと。  そう彼の・・・。  彼の・・・安倍晴明の生まれ変わりに違いないと人々が噂した天才陰陽師のように、築き上げた名声も地位も将来も、莫大な財も・・・天賦の才の宿る人の身体さえも惜しげもなく捨て去る覚悟で。  ――都や朝廷に災いをもたらすとされる魍魎の正義を信じて味方し、件の魍魎を罠にはめた上皇を討って、見事仇討ちを果たすも・・・。  それがゆえに朝敵として追われる身となり、挙句の果てに打ち首獄門の刑に処され、見せしめに首を晒される羽目に陥ろうが純愛を貫いて。  そしてとうとう命が潰えるその瞬間、当の魍魎の大反対を押し切って・・・自ら進んでモノノ怪に身をやつし(そこは天才陰陽師この程度、造作なくやってのけるのである)――。  一応口では呆れてみせながらも、永遠の孤独から解放される嬉しさを隠しきれない・・・・・・もとは上皇の腹違いの兄であった怨霊のもとに押し掛け、押して押して押しまくって絆し、とうとう契りまで交わし・・・。 以降、怨霊を鎮めるため禁足地と定められたとある鎮守の森に籠り、悠久に続く愛を今も育んでいる。  ・・・が、ちなみに。 その鎮守の森や境内に建立された祠はいつのころからか、もともとの意図とは違い縁結びの神として崇められるようになり・・・山開きの季節が巡るたび全国各地から人々が集う、霊験あらたかな天満宮として名を馳せている――うんぬんという物語の通りに。  ・・・この赤司征十郎が生まれてこの方ただ一人きり愛した人は、自由に空を羽ばたき誰彼となく幸せを配るのでなく。 本音ではオレという唯一に囚われ、掌中の珠として誰の目にも触れぬ場所でとことんまで愛しぬかれたいと・・・赦されるならオレだけのために在りたいと――・・・だからこそ。  ここから先のすべてをオレに委ねてもいいと、心のどこかで思っていたからこそ。 一度その姿を消して、どれほど愛されているのか、必要とされているのか知りたがったのだと。 なおかつ『あの赤司征十郎に捕まったのだから仕方ない』と、だから『もうどこにも逃げられない』という大義名分(言い訳)まで手に入れてみせた、その案外欲張りなところも打算なしの強かさも含め、まるごと愛しているんだよと。そう・・・・・・。  体温の高い身体にすっぽり抱き込まれ、項や背を撫でたり、ぽんぽんされる心地よさにうっとり身を任せるうち。ついに寝落ちてしまった最愛に、二度目の“おやすみ”の挨拶を寄越しながら、微睡の中で考えを巡らせるうちいつしか赤司も夢の世界へ――。

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