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第10話
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──そして翌朝5時30分。
「ほらテツヤ朝だよ、起きなさい」
「んー・・・あと五分」
「それ聞くのもう三度目なんだが?」
「・・・・・・」
「テーツーヤー」
「うー」
「うーじゃない」
「は~・・・全くしょうがない子だ」
・・・苦笑交じりにこれ見よがしのため息を吐きながら、一年半前はほぼ毎日みたいに繰り返していたやり取りを交わし。
これまた以前をなぞるように・・・やっと目を覚ましたとてその後少なくとも30分は、ぼんやりかつふにゃふにゃで土台使い物にならない黒子を――。
彼の起床を待つ間に準備万端整えたバスルームへ、お姫様ダッコで連行しぬるめの湯にのんびり浸かったのち。
それでもまだすっきりお目覚めとはいかぬ黒子を、今度はダイニングに連れ込み。
(なにせ・・・誰も、たとえ実際に目にしたとしても到底信じられないと思うが・・・一から十まで上げ前据え膳でお世話される間、当人はぼんやり身を任せているだけとくれば、さもありなんとしか言いようがない)
手際よくカットした今が旬のリンゴとブラッドオレンジや、ヨーグルト、グラノーラ(赤司はトースト)などで餌付けしておいてから。
「・・・もうほんっと・・・手加減ってものを知らないんだから・・・」
「ハハハ」
「ハハハじゃありませんよ・・・あかしくんのおにー。あくまー」
「そうは言いつつ、なんのかんの最後までよくがんばったね。えらいぞテツヤ」
かつてを彷彿とさせる鬼キャプテンモードな赤司の食育は、失踪している間にすっかり乱れた食生活により惰弱を極めた胃腸にとってみれば、あまりに過酷なリハビリで・・・ゆえに。
幾度かせっかく腹に収めたものを戻しそうになりながらも、どうにかこうにか合格点をもらえるまで必死に頑張って、やっとのことで朝食を終えてみたら・・・。
食べたものが目いっぱい詰まった胃の腑は重くてしょうがないし、かつエネルギーをチャージしたはずなのにすっかり体力も精神力も消耗しきって、身体がダルくてしょうがないし。
・・・で。
「ほらおいで。こういう機会はなかなかないし、せっかくだから(録りためてた)・・・仲間たちが出てるNBAの試合でも観ないか?」
「え、それってボクが・・・」
「うん。お前が留守にしてた間はオレがお前の代わりに録ってた」
「代わりにって・・・キミただでさえ忙しいのに・・・でもすごくうれしいです。ありがとう赤司君」
「どういたしまして」
・・・それにしても君はボクを甘やかしすぎです。これじゃほんとにその内、赤司君がいなくちゃ生きていけないダメ人間になっちゃうと、口をとがらせ減らず口を叩いてみせる最愛に・・・。
『当然そのつもりで甘やかしてるんだ』と心の中で返答しつつ――。
せっかく意識は覚醒したのに、身体の方はまだまだ全然しゃんとしない痩せっぽっちをダッコちゃん状態で上半身に貼り付けて寝室に取って返・・・す間に。
今も十分すぎるくらいバスケ馬鹿な黒子のツボを突きまくる、赤司の行いがあまりに嬉しすぎて。気持ちが昂るのに素直に任せ、しがみついた相手の耳に吐息交じりの忍び笑いを聞かせてみたり、口づけてみたりして戯れる人に――礼のつもりならちゃんと口にしてくれと、朝っぱらから刺激の強すぎる麗しいウインクとともに、悪戯っぽく返してみせたところで・・・。
(なお二人が朝食を摂る際使用した食器類は、黒子が『ダメ・・・もう一歩も動けません』とか『ウッ、ヤバい・・・中身出る・・・』とか言ってる間に、その様子を時には面白がったりしつつ・・・横目で優しく眺める天帝さまにより手際よく食洗器に放りこまれていったのだが・・・この一連の見事なまでの家事の熟れっぷりは、何を隠そうここ一年半の一人暮らしで身に着けたものであったりする――なにもかも、すべては最愛と始める新たな暮らしのために)
「ほら着いたよ、テツヤ」
「ええ、はい」
その言葉を聴くや、勝手知ったるなんとやらで・・・ぎゅっと首に噛り付いてきた黒子の尻から一瞬手を離し寝室のドアを開け。
カーテンの隙間から、登り始めた朝日が差し込む掃き出し窓のそばに設置された・・・カリフォルニアキングサイズのベッドのに、ここまで大事に抱えてきた愛しい人を預け・・・るついでにしっかりお礼のキスももらい満足したところで。
さてではしばし・・・テツヤの腹がこなれるのを待つ間、久しぶりのバスケ談議に花を咲かせることにでもするかと――キスのためにベッドに乗り上げていた片膝を下ろし、屈めていた身体を起こしくるり踵を返すと、いそいそと機器類の準備を整え。
期待に満ちた目でずっと赤司を目で追ってくる・・・まるで散歩待ちの2号を彷彿とさせる佇まいやぺたん座りが懐かしいやら、あまりに愛くるしすぎて・・・つい欲望のままに襲い掛かりそうになる己に『少なくともあと1時間はダメだ』『だから冷静になれ』と何度も言い聞かせつつ・・・。
赤司の誕生日前日に行われたマジックvsセルティックス戦を選択し、再生ボタンを押す。
そして。映像や映像がベッドの向かいに掛けられたテレビから流れてくるのを確認しながら、赤司の様子を見守り続けていた黒子の背後に陣取り――よしそれじゃあと声をかけながら、腹に腕を回して抱き留めた身体のソファ代わりを買って出たところで。
「あ、そういえば」
「ん?」
「あれ…チェーン代わりにってアメリカから取り寄せたアレ・・・しなくていいんですか」
足首に巻かれた足枷=黒い箱型の装置(GPSアンクレット)を指差しながら、後ろを振り仰いで不思議そうにしてみせる彼に。
「ん、ああ・・・だって必要ないだろ?」
「へ?」
「だってここに一生閉じ込められて、一生オレに縛られてくれるんだろう?」
そりゃほんのついさっきまで寝とぼけていたのは重々承知の上ではあるが・・・それにしたって気づくの遅すぎだろうとか、天然にもほどがあるだろうとか、ほんとお前には負けるよ・・・なんて内心で突っ込みながら・・・。
――これに真面目な顔で返したらバスケ観るどころじゃなくなるか・・・との配慮から、クスクス忍び笑いを漏らしながら、冗談めかして応じてみせた赤司に調子を合わせるかのごとく・・・。
「だってあの赤司征十郎に捕まったんですよ? 覚悟決めるよりほかないじゃないですか・・・ねぇ?」
365日中364日忘れられてるような影の薄いボクを、必ず見つけ出しちゃう人相手に同じ手が通用するわけないですもん・・・しかも。わざわざアメリカから取り寄せた足枷まで着ける念の入れようったら・・・どうです? ほんと容赦がないっていうか・・・とかなんとか。
いつの間にか抗議にすり替わった文言とともに、頭のてっぺんでもってぐりぐり・・・分厚い肩を抉って八つ当たりするだけに飽き足らず。
場の勢いに任せ、「そういうわけなので、しばらくはイイコでいてあげます」なんて・・・赤司がとことんまで黒子に甘いのを熟知しているからこその、超上から目線な物言いで受けて立ってみせたのを――。
なるほど・・・。とりあえず今この場ではできるだけ話しを深刻にしないようにって、そうお前も思ってるってことでいいんだな?
『承知したよ』・・・だからオレたちはバスケじゃなく舌戦を楽しむと仕様との意を込め。
「しばらくも何も。二度と、絶対に逃がす気などないってはっきり言ったろう?」と。
「だからお前はこの先一生籠の鳥としてここに、オレに囚われ続ける運命なんだよ」と、改めてはっきりキッパリ──がけれど同時に、相手を必要以上に怖がらせすぎることのないよう、うまく加減しながら──宣言してやろうとしたのを遮るように・・・。
「しばらくも何も、二度と「ですがそれ以上に・・・」」
「ん?」
壁のテレビから聴こえてくる日本語解説や、アリーナに響き渡るバッシュのスキーム音や、会場に詰め掛けた観客たちの歓声をBGM代わりにしながら――。
――君が追いかけてくれなきゃすっぱり諦めるつもりだったんですと。
・・・だって、ただでさえ君いろいろ背負いすぎてるのに、ボク(同性のパートナー)まで・・・いくら最近、ポリコレに関する議論が高まってきたとはいえ、ゲイのレッテルまで背負わせたくなかった。茨の道なんて歩かせたくなかったと。
でもそれを君に伝えてみたところできっとキミは『そんなの気にしない』とか、『言いたい奴には言わせておけ』とか、『実力で黙らせてやる』って笑って言いながら身を削るんだろうなって思ったら、黙っていなくなるよりほかないって・・・。
憎まれてもいい、ボク以外の誰かとでもそれで君が幸せになれるならって・・・。
――でもキミが探し續けてくれたから。
“あの赤司征十郎に捕まったからには、もうどこにも逃げられない”なんて言い訳なんか必要ないくらい、ただボクだけを求めてくれるから・・・。
だからもうあきらめるのはやめにしました。
もしボクといるせいで君に害が及ぶことがあったとしても・・・何があろうと絶対離れてやるもんか! 束縛も足枷も監禁も上等! ・・・ただ仕事だけは続けさせてほしいです・・・けど、とにかく。全部まとめてかかって来い! です!
・・・っていうか。むしろボクの方こそ、君を誰の目にも触れないところに閉じ込めて独占したいって思ってるくらいだし、だから“ボクの方がよっぽどキミのこと愛してる!“って常々思ってるくらいですし・・・。
愛してるからこそ・・・必要以上に悩んだり、思いつめたり、試すようなことしてみたり、(そばに居続ける)理由を欲しがったり・・・ってしちゃうんですけど。とかいう、あまりに予想外なことをまさか――。
まさか。
この誰より負けず嫌いな男が、こうまで正直に己の弱さ、ずるさ、葛藤を認めてみせた・・・だけでなく。
きっぱり“愛してます”とそう・・・。
“好き”ではなく、赤司がねだったわけでもなく、自らの意思ではっきり口に出して伝えてくれる日がくるなど、思ってもみなかったから。
――ゆえに。
『・・・テツヤはそういうけど、やっぱりオレの方がよっぽどお前のことを愛していると思うよ?』と対抗意識を燃やしたりなどしつつも・・・。
こうしてまたも赤司の予想を超えてみせた伴侶に――まさか(監禁した)このタイミングで?! とか(死ぬまでに聞かせてもらえたらいいなとは思っていた)、さすがオレのテツヤだ。とか、やはりオレの目は間違ってなかったとか、愛したのがお前でよかった・・・などと盛大に惚気ながら嬉しい“まいった”をしながら。
おかげでのんびり試合を観るどころでなくなったこの・・・あっという間に募って、今にもあちこちから灼熱のマグマみたいに溢れ出しそうな感情の昂りにまかせ・・・・・・。
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