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18 佑(・)
棚から救急箱を取り出し絆創膏を数枚抜く。
鏡を見れば思ったより口の端が切れていて、舌でそこを舐めればチリッとした痛みが走った。
「……………」
パイプベッドの上では僅かに目の端を赤くした東矢が眠っている。
いつものバカ面が今は少し弱々しく見えた。
それでも教室で見せた血の気のひいた青白い顔は血色を戻し、腹に乗せた腕の震えは止まっている。
急にどうしてあんな状態になったのか…
理由は簡単で、その元凶であるあの男はもう二度と東矢の前には現れないはずだ。
正直、空手を習ってて良かったと思ったのは初めてだ。
武道を喧嘩に使うのはもってのほかだの何だの、糞食らえ。
暴力ではなにも解決しない…なんて、嘘だと思う。
殴る、蹴るが正しい行いだとは思わないが、だからと言って無抵抗でただ怯えて暮らすのなんてごめんだ。
大切なやつを守るためなら、例え非難されようと何度だって同じことを繰り返してやる。
『こんなこと、僕が警察に行ったらどうなると思ってる…!』
鼻血を流し、折れた前歯を見せながら喚く男。
その襟首を捻り上げれば、苦しさから手に爪を立てられた。
『行けよ。そうすりゃ、てめぇの糞汚ねぇ犯罪が露見してこっちは清々する。』
『し、証拠も無いくせに、僕があのこに何したって…ッグァ!』
唾を飛ばしながら足掻く男を壁に強く押し付けた。
これ以上、この男の醜い声を聞くのが堪えられない。
怒りが頂点に達すると、逆に冷静になれるものなのだと初めて知った。
『あんた、あんだけ逃れようのない証拠残しといてよく言うな。あんたのきったねぇザーメン、取ってないとでも思ってんの?』
『……!!!』
『行きたきゃ行けよ、どっちが社会的に死ぬかなんて目に見えてる。それが嫌なら…』
力任せに襟首を引っ張り、地面に投げ捨てる。
面白いほど見事に這いつくばった男の側にしゃがみこむと、静かに…けれどもハッキリと告げた。
『二度とアイツの前にその面見せんな』
授業終了のチャイムが鳴る。
その音に「ん…」と目を覚ますアホ面。
「はよー、佑…」
「ん。起きれっか?」
「めっちゃ寝た~…てか、まだ眠い…」
「おい、寝るなら帰ろうぜ。」
布団に丸まる体を揺らせば、東矢が布団を捲って笑った。
「一緒に寝る?」
「ないわー…」
ゲラゲラ笑いながら布団を剥ぎ取る。
「えっちー!」とかバカなこと言ってる幼馴染みに「鞄取ってくる」と言い残し、保健室の扉を開けた。
「佑!」
「んあ?」
呼び止められ振り返れば、口の端を指先で叩きながら東矢がニッと笑っていて。
「あの男、強かった?」
何も言ってないのに…お見通しかよ。
「激弱。敵じゃねぇ。」
それだけ伝え廊下に出る。
閉めた扉の向こうから「っしゃ!!!」と叫ぶ声に、口の端が上がったー。
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