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3.東矢
講義が終わり時計を確認する。
バイトまでまだ時間があるし、本屋にでも行って時間を潰そうか。
そんなことを考えながら大学の駐輪場に向かう。
並んだ似通った自転車の中から自分のものを探し、チェーンの鍵を取り出したその時「東矢...」と名前を呼ばれた。
振り向けばそこには萌絵が立っていて、すがるような目で俺を見上げていた。
「なに?これからバイトなんだけど。」
にこりと笑顔を向けながらも、話す気はない意を込めてそう告げる。
途端に顔をクシャッと歪めた萌絵に、なんとも言えない気分になる。
女の子が傷付いた顔を見るのが好きなわけじゃない。
「この間のこと...ほんとにゴメン。あの、もう一度、」
「別に気にしてない。萌絵が言ったことは本当の事だし、謝る必要はないよ。」
セリフを中断し自転車のチェーンを外しながらそう答えれば、萌絵はグッと言葉を飲んだ。
「....別に、萌絵のことが嫌いになった訳じゃないし、怒ってる訳でもないから。」
自分の腕をギュッと握りしめ俯くその姿に柔らかく伝えれば、ゆっくりと顔をあげ弱々しく言葉を紡いだ。
「なら、もう一度話し合わない?こんな終わりかたイヤだ...」
『よりを戻したい』と伝えてくる萌絵の言葉に内心舌打ちしてしまう。
こんな終わりかた...それを招いた本人に言われたくはない。
「あのね、嫌いになった訳ではないけど好きなわけでもない。...心が伴ってないのに付き合っても、お互い良いことなんかないだろ?それとも気持ちよくないセックスだけする?」
「っ!そんな、こと...」
自分でも酷いことを言っていると分かっている。
自虐的だということも。
それでも、このくらい言わないと彼女は諦めないであろうことも分かっていた。
だからこそハッキリとそう伝えれば、泣きそうな顔をした萌絵と目が合ったー。
同じ大学で選択していた講義も被っていたこともあり、萌絵とは親しくなった。
スレンダーな体に落ち着いた雰囲気。
少し高飛車ではあったが、人前でベタベタと甘えてくることもない。
俺にとってはそれが一番有り難かった。
「東矢?そうね...顔は良いけどアレは下手。」
あの日、構内の階段を降りていったその先から聞こえてきた萌絵の声。
こちらに気づいていないらしく、踊り場で数人の女友達と話しているその内容に思わず足が止まった。
咄嗟に身を隠し息を潜め、話の続きに耳を傾けた。
「全然思いやりないエッチ。だいたい、私が触ろうとしたら嫌がるとかあり得なくない?」
「顔だけじゃね~。」と笑いながらそう続ける彼女の声に、腹の底が冷えた。
沸き上がってきた感情が怒りなのか悲しみなのか、はたまた羞恥なのか、判別がつかない。
ただ、ああ...これで彼女とも終わりなのだと、やけに冷静に思った。
大きく息を吐き出し、瞳を閉じる。
『あぁ?んなこと気にしてんのか。そんなん仕方ねぇだろ。』
こんなときに決まって思い出すセリフ。
きっと言った本人はもう忘れているだろうけど...だけど、あの言葉が今でも俺を支えている。
俺の話を聞いて、肯定するでも否定するでもなく。ましてや解決策を提示した訳でもない。
それなのに、その言葉はやけにストンと俺の中に落ちた。
全て受け入れた上で『仕方ない』の一言で片付けてしまった佑。
俺は俺のままで良い。
佑の言葉と瞳はそう言っているようで。
『ありがと...』と呟いた俺に『んー?よく分からんが感謝しとけ。』と佑はカラカラと笑った。
息を大きく吸い込み、一気に吐き出す。
そうするとこのモヤモヤが出ていくようで、残るのはスッキリとした気持ちだけだ。
躊躇うことなく一歩を踏み出し、階段を下りていく。
「きゃ!七尾くん...!」
萌絵より先に俺の姿に気づいた女の子が小さく叫ぶ。
その声に「え、、」と小さく声を漏らし、体を振り向かせようとした萌絵の肩に手を置いた。
「...別に萌絵だから触られるのが嫌だった訳じゃないけどね。でも、これでサヨナラ。今までありがとうね。」
「...ッ!!!東矢...!」
そう背後から耳元で囁けば、萌絵は顔を歪めて俺を見上げた。
その顔は今まで見たことがない悲痛な表情で。
青ざめた女の子達にニッコリと微笑みかけ、驚きに硬直していた萌絵の肩をポンッと叩く。
「待って、東矢...!」
俺を呼び止める声が聞こえる。
それに振り向くことなくヒラヒラと手を振り、俺はその場を去っていったー。
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