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4.東矢
アルバイト先のスーパーに急いで向かう。
本屋に寄って調べものをしていたら、思ったよりも時間が過ぎてしまった。
急いで自転車を停め、リュックを掴んで裏口から店に入る。
「遅くなってすみません!」
なんとか時間に間に合い事務所に駆け込んだ。
「まだ大丈夫。ギリギリだけどね。お帰り七尾くん。」
「あー...良かった。帰りました、山崎さん。」
笑ってそう言ってくれる事務員のおじさんに挨拶し、息を整えながらタイムカードを記帳した。
小さなこのスーパーは大学とアパートの間に位置し、2年前からずっとここで働かせてもらっている。
商品の受け取りや品出し、レジに清掃。
今ではやって来るお客さんとも顔馴染みになって、世間話をしながらの仕事は意外と楽しい。
「七尾くん。はい、これ。」
店のロゴが入ったエプロンを身に付けると、山崎さんからラベルを渡される。
それを受け取ると「今日もよろしくお願いしまーす。」と一声かけ、俺は売り場へと向かった。
店が混む夕暮れのこの時間帯。
店内には地元食材を使った料理や生産者の写真が並び、地産地消を宣伝する歌が流れる。
「いらっしゃいませ。」
買い物客に挨拶をしながら、真っ直ぐに惣菜コーナーへと足を向ける。
揚げ物や煮物、サラダや寿司など様々な商品が並ぶそこで、渡されたラベルを剥がしては次々とパックに貼っていった。
タイムサービスに入り、割引になる商品。
「あら、タイミング良かったわ~。ありがとうね。」
「待ってたのよ。」
割引のラベルが貼り出されるのを待っていた奥様方が、わらわらと集まって来るのがやけに可笑しい。
みんな逞しいよなぁ...などと思いながら黙々と作業を続けていると、馴染み深い声が聞こえてきた。
「おい、東矢。これにも貼ってくれ。」
振り向けばニッと笑った佑が立っていて、その手にはカツ丼が握られていた。
「佑...それ、割引商品と違う。」
「んあ?違うのか?」
「違うよ。それ『4時以降に作りました』って貼ってあるだろ。だから割引対象外。」
カツ丼のラベルを指差しながらそう伝えれば、「まじか。しくった。」と佑は手の中のカツ丼をしげしげと見つめた。
「そっちの天津飯なら安くなるけど?」
一つだけ売れ残っているその商品を指差しながらそう言えば「んー...」と真剣に考えている。
その間に天津飯にもラベルを貼り、作業を続けながら横目で佑の様子を伺う。
俺は食べ物でも何でも特にこだわりが無いから、こうやってどっちにするか悩むと言うことがあまりない。
単純そうに見えるけど、実はけっこう考えるタイプなんだよな。
そんなに悩むようなことじゃ無いだろうに。
「笑うな、アホ。貧乏学生の懐事情なめんなよ。」
「あ、バレた。なら天津飯にすれば?」
「カツ丼の気分なんだよ、今日は。」
「ならカツ丼にすれば良い。」
「安くならねーんだろーが。」
堂々巡りのバカらしい悩みに「アホはどっちだか。」とますます笑いが溢れた。
「んー、じゃあさ両方買ってよ。で、一緒に食おう。料金折半で。それならカツ丼食えて割安だろ。」
「........お前、今日何時上がりよ?」
考える素振りを見せた佑が天津飯に手を伸ばしながら聞いてくる。
これはオッケーってことなんだろうな。
「10時。」
「はぁ!?それまで飯食わずに待ってろってのか。死ぬわ!」
「別に食ってて良いよ。半分置いといてくれたら。」
顔を向けた佑の表情に『バカか』って書いてあるのが見えるようだ。
それにクスクス笑いながら答えれば「当たり前だ。先に食う。」と佑は呟いた。
「んじゃーな。バイトお疲れ。」
「ありがと。また後で。」
重ねた二つの弁当を片手に、佑が拳を突き出す。
それに拳を当てて返し残りの作業を再開した。
あんな風に言ってるけど、多分佑は俺が帰るまで待っててくれるんだろうな...早く帰らないと。
レジに向かう佑の姿を視界に留めそう思った。
何だかんだ佑は俺に甘い。
それが心地よくて、ついワガママになってしまっているのは否めない。
そんな自分の態度に呆れ、そして思考にいつも戸惑う。
『甘えたい』
『待ってるから早く帰ろう』
こんなこと、萌絵や他の女の子と付き合っていても感じたことが無いのだからー。
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