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5.佑
カツ丼と天津飯、ビールにつまみも買ってアパートに戻る。
東矢のアルバイト先の惣菜は安くて旨いから気に入っている。
食費節約に始めた自炊も嫌いではないが、面倒くさい時には利用してしまう。
それでもこんだけじゃ足りないし、味噌汁ぐらいは作るか。
確か豆腐と揚げくらいならあったはず。
夕飯のメニューを考えながらボロい階段を昇れば、部屋の前に人影が見えた。
「あ、お帰りなさい。新藤くん。」
「千夏...どうした?」
そこにはさっきまで一緒にいた千夏が佇んでいて、俺を見つけたと同時にフワリと笑った。
その笑顔は確かに可愛いのだが...今日はもうゆっくりしようと思っていただけに、つい素っ気ない言い方になってしまう。
「せっかくだからやっぱり晩御飯も一緒に食べたいなって思って。迷惑じゃなければ作らせて。」
そう言って買い物袋を掲げる千夏に思わず苦笑する。
午後の講義が休講になり『行ってみたいランチがあるから行かない?』と誘われ、その後明るいうちからホテルにも行ってきたところだ。
付き合っているのだから、夕飯くらい別に普通のことなんだろうが...気のせいでなければ、最近こうして拘束しようとする時間が増えてきている。
正直、彼女とはいえプライベートな場所にまで踏み込まれるのは好きではない。
それに、今日はもう東矢と食うつもりだしな。
先に食べてるとは言ったが、本当はあいつが帰るまで時間を潰すつもりでいた。
だいたい...
「なんか用事あるとか言ってたのは?」
『夜は約束があって。』
行きたいと言っていたランチが終わりショッピングにも付き合った後、千夏はそう言った。
何となく流れでホテルに行き、駅まで千夏を送ったのは二時間ほど前のことだ。
部屋の鍵を開きながら尋ねれば、千夏は照れたように笑った。
「うん、でもやっぱり新藤くんと一緒に居たいなって思って。だから電話した。」
「俺と居たくて断ったのか?」
思わず振り返れば、そこにはニコニコと笑顔の千夏が立っていた。
「うん。で、買い物に行ってきたところ。」
信じらんねぇ...先に約束してたの蹴るとか、有り得ないだろ。
しかもその理由が俺と居たいからとか、ほんと....
思わず眉間にシワが寄ってしまう。
ああ、ダメだ。やっぱり。
お邪魔します、と中に入っていく千夏を見つめる。
こんな風に自分の領域に他人にズカズカと入り込まれるのは気持ち悪い。
それが例え純粋な好意から来るものだとしても...
靴を脱ごうとした千夏の腕を掴む。
「新藤く」
「帰れ。」
「え....」
名前を呼ぶ千夏の言葉を遮り、一言告げる。
戸惑ったように揺れる瞳に苛立ってしまう。
「あのな、別に夕飯なんかいつでも食えるだろ。そんなことよりも約束破るような真似、俺嫌いなんだわ。」
「そんな...」
なるべく穏やかな声でそう伝えれば、千夏の表情が一気に曇った。
「それに、俺にも都合はある。気持ちはありがたいけど...でも今日は帰れ。」
ぐいっと腕を引っ張り、扉から押し出す。
「待って、新藤くん...ごめんなさい、私...」
「謝るのは俺にじゃねえだろ...もう暗いし、駅まで送るから。」
「.......」
開けたばかりの鍵をもう一度閉める。
カチャ、と響く音がやけに大きく聞こえた。
泣きそうな千夏の視線がこちらに向けられているのを感じる。
それが居心地悪くて、小さく息を吐いた。
「ほら、行くぞ。」
「あ、新藤くん...」
横を通りすぎようとすれば呼び止められる。
なんだ?と視線を向ければ、ギュッと抱きつかれた。
「ごめんなさい...嫌いにならないで...新藤くんに嫌われたら、私...」
華奢で柔らかい体からのぼる甘い香水の香り。密着した体は僅かに震えているようにも感じた。
弱々しい声が千夏の不安を物語っていて...本当ならここで抱き締め返してやるのが正解なのだろう。
だけど...
嫌わないでとこうして震える弱々しい姿が、今は可愛いとはどうしても思えなかった。
「......帰るぞ。」
「うん.....」
小さな体をポンポンッと叩いて離れるように促す。
そうして階段に向かって先に歩き出せば、僅かに遅れて千夏の足音が続いたー。
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