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9.佑

賑やかな店内。 向かいに座る綺麗に着飾った女子と、その隣でニコニコと笑う東矢にチラッと視線を送る。 合コンで気になるやつと親密になるには、軽いボディタッチが一番手っ取り早い。アルコールが入っていれば尚更その触れ方も大胆になる。 ...モテモテだな、あいつ。 甲斐甲斐しく料理を盛ろうとする女子やら、甘えた声で名前を呼ぶ女子。 視界に入ってくる東矢の様子に少し同情してしまう。 さっきから楽しそうに会話しているが、さりげなく相手からの接触を拒んでいるのが分かる。 それに周りが気づいていないが為に、アルコールの量と時間に比例して女子の接触も大胆になってきているが。 そして同じ状況に陥っている身としては、人のことよりもまずは自分のことだ。 「ねぇ、周りに気づかれないように抜け出さない?」 「んー....まだ飲み足りない。」 すぐ側から聞こえる誘い文句と甘い香水の香り。 それに適当に返事をし、コップに手を伸ばした。 ......マズ。 口に運んだアルコールは、安い飲み屋らしくアルコール分も薄い。 こんなので酔えるはずもなく内心で舌打ちした。 飲むか食うか吸うかしかできないこの状況で、必然的にタバコの量が増えていく。 帰りてー...。 煙を吐き出すふりしてタメ息を吐く。 清水との約束はこの場に来たことで果たされた。 あとは残ろうが帰ろうが、俺の好きにして良いハズだ。 「便所」 絡んでくる腕を無視して立ち上がる。 「何か注文しておこうか?」 「いらね。」 猫撫で声で見上げてくる女子に一言告げさっさと歩きだせば、「トイレそっちじゃないよ。」と後ろから声が飛んできたー。 「佑」 店の隣にあるコンビニで立ち読みしていれば、時間を置くことなく声をかけられた。 「お待たせ。」 「別に待ってねーよ。」 雑誌から目を離さず答える。 待ち合わせをしていたわけではないし、店を出ることを告げたわけでもない。 それでもこうして当然のように隣に立つ東矢に「残ってて良かったのに。」と返答が分かり切った言葉を投げかける。 「冗談。清水への義理立ても済んだしね、佑もいないのにあそこにいたって楽しくないよ。」 クスクスと笑いながらそう言うと東矢は週刊漫画に手を伸ばした。 「あ、それ俺もまだ読んでない。」 「ん?先に読む?」 「いい。それより読み終わったら帰って飲み直そうぜ。あとこれ。」 胸元に五千円を押し付ける。 東矢は何も言わないが、俺の分も立て替えて出てきたに違いない。 「よく分かったね。」 「ん...早く読め。ビール取ってくっから。」 「りょーかーい」と視線を漫画に落とす東矢を残して店内を回る。 ビール、チューハイ、ナッツ、チーズ...適当に篭に放り込み、ふと棚を見れば 『0.01』 ロゴのでかいコンドーム。 他にもキャラクターのイラストやら香りつきやら、種類はあるくせに他の衛生用品と比べて控え目に置かれているそれら。 確か切らしてんな... そのうちの一つを手に取るが、そういや今は使う相手がいないと笑いが洩れた。 「佑...それ買うの?」 「んあ?買わねぇよ。」 棚に戻しているところで声をかけられた。 「ふーん...」と今度は東矢がコンドームに手を伸ばしているのをついまじまじと見つめてしまう。 コイツ、どんなセックスするんだろ... 単純な好奇心。 なんでも東矢のことなら知っている気がするが、さすがにセックステクまでは知らない。 『エッチがへたくそ』 そう言われて落ち込んでいたが、本来ならコイツがそれほど不器用とは思えない。 だからその理由は一つしかないが、それが女には物足りないもんになるんだろう。 昔のトラウマで人との物理的な接触が苦手になった東矢。 当時の姿を思い出すと胸が悪くなる。 『佑...お願いだから、誰にも言わないでー』 泣きそうな顔してそう言ったコイツを強く抱き締めた。 もう何年も前のことなのに、今でもあの怒りは鮮明に覚えている。 腕の中で震える身体。 落ち着こうと短い呼吸を繰り返す、その息遣い。 真夏にも関わらず冷えきった手。 バカみたいに笑うコイツが感じた恐怖は、どれ程のものだったのかー。 今日みたいに女からの接触を拒む姿を見てしまうと、あの時の思いが強く思い出される。 「...お前も難儀だよな、俺とは違う理由で。」 「は?何、急に。」 ボソッと呟くとコンドーム片手に振り返ってくる。 そのどこか間の抜けた様子に、あの日の影は見られなかった。 「...べつに。レジ行ってくら。」 さっきから何となくレジから感じる視線。 女性店員がチラチラとこちらを伺っているのを指差せば、東矢もそれに気付いたのか「ああ、うん。」とコンドームを棚に返した。 「使う相手、互いに見つけねーとな。」 何の気なしにそう言い残してレジへと足を向ける。 背後で「っ、そうだね...」とどこか困ったように東矢が笑ったことには気付かなかったー。

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