10 / 28

10.東矢

「くっそあっちー...」 広くもない室内に転びパンツ1枚でうだっては床を転がると、佑は忌々し気に呟いた。 「お前、暑くねーの?変なの?暑さもわかんねーほどバカなの?」 「酷い言われようなんですけど。」 Tシャツとジーンズを身に付けた俺に視線だけを寄越して悪態を吐くと、「見てるこっちがあっちーんだよ。」と背中を向けてしまった。 読んでいた本を閉じ窓の外を眺める。 真っ青な空と白く大きな雲。 ミンミンと気が遠くなりそうな勢いで鳴くセミ。 この間まで吐く息が白かったのに、今では全身から汗が吹き出すほどに暑い。(主に佑が) 「クーラー買ったら?扇風機も限界あるっしょ。」 「お前が旅行行かなくても良いなら買う。」 「あ、ごめん。やっぱり耐えて。」 「死ね、バカ。てか俺が死ぬ...」 「佑死んだら俺泣くよ?」 「うっせぇ...話しかけんな、喋るのもたりーんだよ...」 「そっちが話しかけてきたクセに。」 生ぬるいフローリングの上をゴロゴロと転がる姿に苦笑してしまう。 月日は巡って気づけば夏。 夏休みに入り課題とバイトの日々が始まった。 せっかくだから旅行でも行こうと持ちかけたのは俺で、行き先を選んだのは佑。 『旅行行きたいって言ったヤツが行きたいところないって...何だよ、それ。』 ケラケラと笑いながら行き先を考えてくれた。 『ここにしようぜ。温泉、湯巡り、食い倒れ。地ビールと地ビールと地ビール。』 スマホで検索して出てきた画面。 県外の有名な温泉街であるそこには確かに一度も行ったことがない。 『てか、地ビールメインなんだ。』 『ん。あと温泉な。』 うまそうじゃんか、これ…と嬉しそうに画面をスライドさせると、佑はニッと笑った。 俺が行き先を決めたらレジャースポットになるが、佑はそれよりも静かな場所を好む。 ディズニーとかユニバとか、そういった場所には興味がなく行きたいとも思わないらしい。 「楽しみにしてるんだから、旅行。」 「んー…だからバイト増やしてやったんだろうが。」 「俺も増やしたー。」 増やしたバイト代を旅行に回すとなるとクーラーまでは買えない、結果こうやって下着で暑さに耐えている佑の隣に転がる。 佑は自分のテリトリーに人を入れることを嫌う。 自分の部屋に友達を入れることはあっても、こんな風に無防備に寛ぐ姿は晒さない。 常にどこか一線を引いていて、必要以上の関わりを持とうとはしないのだ。 だからか、いつしか佑に何かを頼む時には俺に先に声が掛かるようになっていた。 この間の合コンのように。 …俺には甘いんだよな、ほんと。 こうやって部屋に入り浸っていることも、隣に寝転がることも、それが『俺』だから許している。 それがこんなにも心地よい。 寝返りを打ち、向けられた背中を見つめた。 浮き出た肩甲骨 無駄な肉のない細い脇腹 ボクサーパンツに包まれた引き締まった尻 長い手足 ...そして汗ばんだ肌 男に興味はないが、佑の身体は綺麗だと思う。 「......んあ?」 「ああ、ごめん。ちょっと、何となく」 無意識のうちにその汗ばんだ背中に指を伸ばしていた。 ツッ...となぞったそこはしっとりとしていて、だけど柔らかさとは無縁で。 「擽ってぇ。止めろ、バカが。」 笑いながら逃げるその姿に『もっと』と欲が湧いてくる。 …『もっと』? もっと、一体何だ? 自分の考えていることが分からずに、触れた指先をジッと見つめた。 なんとなく熱く感じるそこ。 ジワジワと広がってくるような、俺の中の深い場所に浸透してくるような、そんな感覚に戸惑う。 「どした?」 「…ッ、」 黙り込んだ俺に、佑が不思議そうに聞いてくる。 その向けられた瞳になぜか心臓がドクッと跳ねた。 なんだ?今の... 「…...佑の汗が付いた。」 誤魔化すように手をシャツで拭いながら「ジメジメしてる」と続ければ長い足で蹴られた。 「なら触ってんな。おら、汗付くのが嫌なら帰れ。」 「...そうめん」 「あ?」 「そうめん茹でてくれるまでいる。」 「ざけんな、お前の食堂じゃねぇ。」 「やーだー」 そう言って繰り返し蹴ってくる足から逃げるように床を転がり、顔を隠す。 今、佑の顔を見るのは何となく気まずい。 「ったく、ガキか。」 「痛い痛い!」 乱暴な手つきで頭をグシャグシャとされる。 けどその声はどこか優しく聞こえて。 「仕方ねぇな。薬味なんか期待すんなよ。」 「あざー...」 ほら、やっぱり俺に甘い。 「よっ...と!」と勢いよく立ち上がる佑の姿を視界の端に捉えながら、無意識に弛んでいた口を引き締めたー。

ともだちにシェアしよう!