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16.東矢(・)

「·······おはよう、佑。」 「はよー······って何だよ、ジロジロ見て。」 俺より先に出たはずなのに一時限遅れて登校してきた佑。 いつもと変わらない態度と声···だけどその口元は切れていて。 「今朝、何で俺を置いていったのさ。」 「あ?別に置いていった訳じゃねぇよ。忘れもん取りに戻って、んのままガッコー来ただけだろ。」 「ふぅん···で、その顔は?」 「転んだ」 「······ほんとに?」 「んあ?嘘言ってどうするんだよ。」 そう言ってカラカラと笑う佑の右手には2本の傷ができている。 まるで爪で引っ掻かれたような痕。 ···転んでそんなケガするわけないじゃんか。 内心そうは思っても佑が『転んだ』と言った以上、追求しても無駄だろう。 『東矢、ほら』 夜中に魘されて目覚めた俺に水を手渡してくれた。 それを一気に飲めば、思っていた以上に喉が渇いていたことに気づいた。 『もう大丈夫だから、寝ろ』 穏やかな佑の声とポンポンと叩いてくれる手がやけに心地よくて。 そのまま朝まで、あの悪夢を見ることなく眠ることができた。 そうして目覚めた時には佑の姿は無くて。 綺麗に畳む···なんてことはしない、起きたまんまの布団だけが残っていた。 もしかして··· 頭に浮かぶ確信にも似た思い。 だけど、もし『そう』だったとしても佑は俺に何も言わないだろう。 ···それなら、俺もこれ以上は聞かない。 「帰りは一緒に帰ろ?だから待っててよ。」 そう言って笑えば佑もニッと笑った。 「おー、りょーかい。ならマック寄って帰ろうぜ。ポテト食いたい、ポテト。」 「いいね、俺もシェイク飲みたい。」 「キモ。あんな甘いだけのもん、よく飲むな。」 「うまいよ?」 「いらねー」 他愛ない会話を続ける。 それにどこかホッとしていれば後ろから声が掛かった。 「なーなー!七尾、新藤。お前ら昨日のあの番組見た?」 「·····ッ!!」 クラスメイトの笑いを含んだ声と肩に回された腕。 すぐ側に感じる吐息と熱。 それらにザワ···と言い様のない悪寒が走った。 「ぅ、あ···!」 ガタッ!! 「な、どうした!?七尾?」 『気持ち悪い』 咄嗟にその腕を振り払い1歩下がったところでバランスを崩して尻餅をついてしまう。 驚いた表情のクラスメイトが「ほら」と手を差し出してくれるが、その手を掴むことができない。 『体温が』 「···ご、ごめん!ちょっとビックリして···」 『気持ち悪い』 「んだよ、お化け扱いすんなよな~。」 ドクドクと煩い心臓と、僅かに震える指先。 それを誤魔化すように顔の前で手を合わせれば、気分を害した風もなくクラスメイトは笑った。 「うん、ほんとごめんね。」 ハハッ···と笑いながら立ち上がろうとすると、横からグイッと腕を掴まれ引っ張られた。 「っと···佑?」 「······保健室行くぞ。」 「え、なんで?」 「新藤?」 「いいから。平井、わりぃけど先生来たら言っといて。」 「お、おう···大丈夫か?」 「ん。···東矢、行くぞ。」 「ちょ、何?」 突然の行動に意味が分からず戸惑っていれば、そのままぐいぐいと引っ張って佑は教室を出てしまったー。

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