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恋する瞬間

「椿先輩が好きです」 あれから二年が過ぎた高校三年生の初夏。一日最後のホームルームが終わり、終業のチャイムと同時に教室を出ると、美術の教科担任が待つ第二校舎の三階まで足を運んだ。 嫌々文句を言う『優』こと、桜田優作を連れてクラス全員分の課題を渡しに行く。その帰り道、第一校舎に繋がる廊下がある二階まで降りようとしたときだった。 階下の踊り場から明らかに告白とも聞き取れる男の声がして、千晃は咄嗟に階段の途中で屈んでは、手摺壁から顔の上半分だけを出す。様子を覗き込むと、目線の先には男女が向かい合って立っていた。女の方は、校内では知らない人がいない、校内一美女の椿理友菜で男の方は、下級生だろうか。未だ中学生の名残を残した、赤抜けない眼鏡に髪型。赤面させた顔に真っすぐな純粋そうな瞳で椿を捉えていた。  まさに、千晃が二年程前に経験した、あの日あの時の光景そのもの。過去の苦い思い出を蒸し返されたような気分で、あまり心地いいものではなかった。 「初々しいなー。昔のお前と一緒だな」  そんな複雑な心境とは露知らずに、行動を共にしていた優作は、すぐ隣から身を乗り出して、見世物のように楽しげに覗きだす。 「しっっ。優、バレちゃうだろ」  優作のズボンの裾を引っ張り、身を隠すように促すが、本人は全くその気がないのか、堂々と手摺壁に身を預けたまま微動だにしない。 「案外バレないよ。お前の時もこうやって見ていたし」 偶然とはいえども、千晃が最も一緒に見たくなかった男かもしれない。 「やめてよ。もう終わったことだし……」 「あの時の吉岡、すげぇ可哀相だったもんなー」 堪えているのかククッと笑っている優作の声が頭上から聞こえてくる。千晃の過去の黒歴史とも言える出来事を掘り返され、もはやネタにされていることが、虚しくなるが哀れみを受けるよりはマシだった。    そんなことよりも、優作の笑い声が踊り場にいる二人に聞こえてしまうのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。

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