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本当はこんな場面など覗かずに立ち去りたいところだが、目を背けたくても気になってしまうのが人間の性。  息を呑みながらも椿の次の言葉に集中する。出てくる言葉なんて、一度経験した千晃にとっては分かりきっていたことだが、手に汗を握る程に緊張していた。けれど、それ以上に椿の目の前にいる青年は期待と緊張で心臓がバクバクしているはずだ。  動きがあったのは千晃が息を殺して大きく瞬きをした直後だった。 「ごめんね。君のこと、よく知らないから。でも友達としてこれからよろしくね」  振られたと捉えることのできない、期待を誘うような曖昧な返事。椿の意図が分からないが、彼女は最初の告白の時は絶対に恋人として見られないとはっきり言うことはない。青年を見れば一目瞭然なように、椿が階段を下り去って行っても、絶望したような様子は見せていない。むしろ、拳を小さく握っては、何処か希望を持っているように見えた。  だとしても、この先の運命を知っている千晃にとってはとても見ていられる状況ではない。 千晃は覗くのをやめ、壁に凭れて踏面に腰を下ろすと顔を俯けた。 「あーあの女見ていると虫唾が走る」 「優、椿さんのこと嫌いだもんね」 忌み嫌ったような声音で話し掛けてくる優作を見遣ると、両腕を摩りながら、身震いさせていた。こうやって凹むことがあってもあの時、声を掛けられたから自分は絶望の淵に立たずに済んだ。優作と関わる前までは知ることのなかった、彼の表情は千晃に興味を与え、それが自分だけの知っている彼の顔であることの優越感に浸る。 「でも、羨ましいよ。あの椿さんの本命は優だもんなー」  初めて聞いたときは耳を疑った。優作が彼と一緒にいる代わりの特典として提示してきた話は、椿が優作のことを狙ってきて鬱陶しいから、代わりの話し相手になってくれというものだった。 確かに二人が付き合えば、美男美女のカップルとしてお似合いではあるが、疑心暗鬼であった千晃は、椿を狙っている男の思い違いであると思っていた。

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