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「優、お待たせ」 優作のいる席までカレーを運び、テーブルに置く。声を掛けたが、彼は左に顔を背けたまま動かなかった。一点だけを見て、彼の瞳は何かを捉えている。 千晃は彼の視線の先を追うように同じ方向を見遣ると、ひとつ隣のテーブル席に、例の一目惚れした青年が、一人で学食を食べていた。 奇遇にも優作と同じメニュー。 何故だか凄く、胸がモヤモヤする。 「優」  もう一度、優作に呼びかけても返事がない。 青年を映して離れない瞳に千晃の中で漠然とした不安が過る。今日までそんな素振りを見せていなかったし、むしろ忘れかけていたくらいだ。 彼の姿を目に留めた突端、周りが目に入らなくなるほど、優作が青年に惚れていたなんて思いもしなかった。優作が恋をしている姿なんて滅多にお目にかかれないから、微笑ましく見守りたいところではあるが、素直に喜べない自分もいた。むしろ、こんな姿を見ているのが嫌で、意地でもその視線を此方へと向かせたくなる衝動に駆られる。 「おい、優」    千晃は眉間に皺を寄せながら、彼の額を目がけて人差し指と親指で弾く。 「いたっ」  見事的中した指は、優作の額にあたり、痛みが生じたことで、漸く存在に気づいてもらえた。 その直後に、「よくも邪魔をしてくれたな」と訴えるような鋭い眼差しを向けられる。 千晃は優作の攻撃的な視線に気づかないフリをして、黙って彼の向かいの椅子に腰を下ろした。 「御礼くらい言えよな」  何故、自分がこんなにもムキになっているのかは分からないけど、虫の居所が悪い。 「吉岡、ありがとう」  そんな千晃の感情を知ってか知らずしてか、優作が珍しく素直に御礼を言ってきたことにより、沸々としていた苛立ちのようなものが一瞬で収まっていった。 カレーを乗せた匙をとって自らの口元へと運ぶ優作を眺めながら、先ほどの自分の醜さに反省をする。普段であれば、千晃が彼の食事を持ってくるのが当たり前かのように、優作から御礼の言葉など返ってくることはほとんどない。 千晃にとってもそれが当たり前だし、そのことに関して咎めることなどしなかった。けれど今日は、青年の姿に釘づけの優作を見て、我慢ならなかっただけの話。 俺ってこんなに浅ましい奴だったっけ……。

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