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嫉妬心と恋心

それは突然のことだった。 不運と幸運は平等に訪れると言うように、優作の幸運はその日のうちに舞い降りてきた。 「桜田先輩ですよね?」 「そうだけど……」  優作と帰る放課後。教室から出て、数歩歩いたところだった。向かい側から昼間の青年が、此方に向かってくるなり、優作に声を掛けてきた。昼の出来事もあり、優作の表情は、青年を前にして強張っていたが、青年からは彼を敵視しているような様子は見受けられなかった。 「桜田先輩。お昼はすみませんでした。先輩、椿先輩のお友達だったんですね。椿先輩から聞きました。桜田先輩、冷たいところもあるけど、それは仲いいから柴犬くんは気にしないでって……」  昼の態度が嘘だったかのように手のひら返しをしてきた青年に、一瞬だけ優作と顔を見合わせた。  謝罪をしてくださいと要請してきた彼がいま、優作に向かって頭を下げている。 椿の行動は理解できないが、その椿の言葉によって簡単に踊らされているこの青年もどうなのだろうか……。 これが、恋に盲目ってやつなのか……。 しかし、視線を青年に戻した優作の表情が徐々に和らいでいくのが分かった。 「いいよ、俺も君の誤解を生むようなことをして悪かったから。ごめんね」 何時も千晃の前で向けてくるような気だるげな態度とは違う。表情や雰囲気もろとも、優しくて澄ました先輩の姿をしている。 自分が悪かったとしても、自ら折れる事なんて滅多にない……。 見たことのない優作の表情。普段であれば面白可笑しく傍観している筈なのに嫌な胸騒ぎがした。 「あのっ。厚かましいかもしれませんが、お友達になってください!」  千晃の予感はすぐに的中し、四十五度よりも更に深く頭を下げてくる青年。そんなの虫が良すぎる話だ。あんなに敵視していた青年が急に優作と友達になりたいだなんて、椿とお近づきになりたい為に優作に取り入っているようにしか思えなかった。 流石の優作だって馬鹿じゃないはずだ。幾ら好きな人とは言え、椿に告白をしていた人間。 快く受ける筈がないと思いたかったが、優作は一歩前へと踏み出すと、青年に向かって右手を差し出してきた。 「いいよ、俺でよければ」  そんな千晃の期待も虚しく、優作は何の躊躇いもなく青年を受け入れる。落ち着いた先輩を演じている彼の頬が仄かに赤く染まり、青年を見ている瞳が恋をしていると訴えているように捉えて離れなかった。 そんな青年も頭を上げると、嬉しそうに左手を重ねている。 途端に千晃の視界が霞んでは、二人の会話など耳に入らなくなる。忘れていたはずの黒い感情が湧いてきては、そのまま二人の仲を引き裂いてしまいたい衝動に駆られた。祝福すべき友人の恋路を邪魔したくなるなんて、己の浅ましさに嫌気が刺してくる。 千晃は、腿の横で拳を強く握ることで感情を抑えることしかできなかった。

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