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千晃は座席を立ち上がると、移動を続ける車内で身体を揺らしながら、優作側の座席へ近づく。座席の手摺に捕まり、優作の頭に手を伸ばすと荒々しくかき回した。 「何すんだよ」 優作は突然、かき回された頭を抑えて髪の毛を整えながらも睨みつけてくる。 これが、優作に特別な感情を抱いているなんて気づかれたくない千晃の精一杯だった。 「俺、降りるから」 そんな迷惑そうな表情をする優作に気づかないフリをして笑顔で返してやる。 「ああ、もうお前のとこか」 すると彼は、車内前方の電光掲示板を確認しては納得した素振りを見せた。 「優、寝過ごすなよ。じゃあ、また明日」   丁度バスが停留所へと止まり、前方の扉が開かれる。千晃は、優作に向かって手を振ると、彼は大きな欠伸をしながら、怠そうに右手を挙げた。精算機で定期券を通し、運転手に一礼してバスを降りると、千晃は胸に手を当てて深く息を吐いた。  優作が好きだ。  愛おしくてたまらない。  だからと言って今の関係を壊してまで、彼の心を手に入れたいとは思わない。 彼が篠塚に言ったように、自分もいつもの様に優作の傍にいれるだけで、充分だと思った。だけど今は平常心を保ったままで彼の傍にいれる気がしない。 これから篠塚と優作が一緒にいるところを見る機会が増えるだろう。そんな時に、今日みたいに嫉妬で狂いそうになっては篠塚を否定しようとする思考に陥る自分が嫌になる。こんなの優作にとっては迷惑なだけ。千晃自身の恋心を自覚したところで報われないのは目に見えていた。  だから選択肢は一つしかない……。  彼の恋路を邪魔することなく、気持ちを悟れることがないように自然に距離を置けばいい話。時を経て、気持ちが落ち着いたとき、好きだと自覚する前の感情に戻れるだろうか……。 千晃は遠くなっていく優作が乗車するバスを唯ぼんやりと眺めていた。

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