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今はそのことで気を落としているわけではないが、飯田の感の鋭さには度肝を抜かれる。
「違う。俺は断じて砕け散ってないから。ってか、飯田くん。やけに鋭すぎませんか」
優作本人に好きだ、なんて言えるわけがない。
否、関係を壊さないためにも言っちゃいけない。分かっているからこそ口にすると虚しさは増す。
「砕け散ったって何?よっしーと桜田くんがなんだって?」
事情の知らない辻本が興味津々にテーブルに乗り出してきた。飯田にはもうとっくに勘付かれてはいるものの、辻本にはまだ明かしていない。この手の話は、少なからず嫌悪感を抱く人がいるだけに話すタイミングは慎重にならなければいけなかった。
辻本なら大丈夫だと信じたいが、口にするのは勇気がいる。人の本心なんてその人じゃないと分からないから、話したことで全てが壊れてしまうのは誰だって避けたい。辻本は話していて楽しい奴だし、同士だし、自身のマイノリティを告白したことで失いたくはない。両手をテーブルの上に組んで、何度も唾を飲みこむが、中々声にして発せられなかった。
「辻本、俺さ……。千晃のこと好きなんだよね」
千晃が言葉に詰まらせて悶々としていると、前方の飯田が真剣な表情をして呟いてきた。
「ええっ!よっしーが好きって。どういうこと?好きの種類にもいっぱいあるじゃん?」
辻本は予想外の告白に椅子から転げ落ちる程、体を仰け反らせて驚くと飯田に質問攻めをする。千晃自身も飯田の発言が、初耳で口をあんぐりと開けていると、向かいから右手が伸びてきて左手を絡めとられた。
「こういうこと」
「ええええっ。飯田っち、マジで言ってんの。もしかしてもう二人は出来ちゃってるの?」
食い気味に、千晃と飯田の顔を交互に見ながら問い掛けてくる。千晃は思わず、手を離すと狼狽えた。
飯田に気があったなんて気づかなかった……。
「いや、付き合ってないけど。俺も知らなかった。ごめん、飯田が俺の事好きだったなんて気づかなくて……」
そんな素振りは一切みせてこなかったし、それどころか千晃の恋路に背中を押してくれた飯田。彼に対して凄く自分は酷なことをしていたのではないかと、今までの自分を思い返して申し訳ない気持ちになった。
わざわざ辻本のいる前で告白してくるほど、飯田も悩んでいたのではないだろうか。どんな形であれども、ちゃんと千晃の正直な気持ちは返さなければと思っていると、飯田が眼鏡のブリッジを押し上げて、口元に含んだ笑みを浮かべた。
「千晃、冗談だよ。馬鹿二人、本気にすんな。そして辻本。お前、声でけぇわ」
飯田は隣の辻本の頭を軽く叩く。
「えっ?」
「はぁー。なんだよもう。びっくりさせんなよー。飯田っち」
状況が飲み込めない千晃と胸を撫で下ろす辻本。
じゃあ、今の告白は嘘だったってこと……?
そうと分かれば、飯田には申し訳ないが少し安堵した自分がいた。飯田の気持ちは嬉しいけど本気だったら受け取れない気持ち。やはり、人の気持ちに応えるのは、生半可な気持ちではできないから……。
飯田の種明かしによって、先ほどまで緊迫していた空気が解かれる。
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