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スナック楓と優

学校の最寄りから、バスではなく地下鉄に乗り込み、五つ先の駅で下車する。優作に連れてこられるままに着いてきた場所は明らかに健全な男子高校生が来る場所ではない街並みだった。  千晃から話があると言って、放課後の優作を呼び止め、久しぶりに一緒に帰ったものの、第一声を発することができず、悶々としていた。そんな沈黙の中で、珍しく声を掛けてきたのは優作の方からだった。先を行く背中に、「お前と行きたい場所がある」と言われて否応言わずに着いてきた。 移動中にすっかり日が暮れる。商業ビルの沢山ある飲み屋街に来たと思えば、路地の方に入っていくと、次第にピンク色の看板が目立つようになってきた。 見渡せば、キャバクラやホストクラブやら明らかに如何わしい名前の店を目にして、目を伏せたくなる。千晃にとって未知の領域すぎて、もし警察に見つかって補導なんかされてしまったらと思うと冷や汗ものだった。そんな千晃を余所に堂々と歩き、一件の店の前で優作が足を止める。  優作の向かっていた先が、ラブホテルだとかそういう場所じゃなくて安心したが、あまりよろしい状況とも言い難い。 『|楓《かえで》』と書かれた、スナックを匂わせる足元の電飾看板。優作ならお酒を扱っている店に出入りしていても不思議ではないが、流石にまずい気がする。 「優、それは不味くない?俺たちどっからどう見ても高校生だし、此処ってお酒扱っているとこだよね?そんなところに未成年が入ったら……」  そもそも連れて行きたいところがあると言われてきた場所が此処なのも、優作の意図が全く掴めないが……。  千晃は優作が躊躇いもなく店のドアノブを握ったのを阻止しようと声を掛けた。しかし、そんな千晃の声は彼の耳に届かなかったのか、扉を開けて中へと入って行ってしまう。無残にも閉まる扉を前にして呆気にとられる。優作が店に入ってしまった以上、入らないわけにいかなかった。それに此処で立ち往生している方が返って危ない気がする……。  千晃はどうにでもなれ、と半ば身を投げ出すように一度閉められた扉を開けると、勢いで店内へと入った。  店内は暖色系のスポットライトのような電灯がバーカウンターに連なっているのと、等間隔の天井照明があるだけで少し薄暗い。カウンターの奥には、お酒の瓶が何十本も並べられている棚があることから、明らかに高校生が来ても良い場所ではないと分かる。  それなりに騒がしい、ボックス席には仕事終わりであろうサラリーマンの二人組が何やら大声で笑って、お酒を嗜んでいる。   千晃が想像していたようなこう……。怪しいような、少し如何わしいような、そんな雰囲気は感じられないので安堵した。  優作は既にカウンター席に腰を掛けて、彼の目の前に立っている着物の女性(ひと)と話をしていた。髪を白い簪で纏め、藍色の着物を着こなしている姿は気品があって、この人がこの店のママなのだろうとすぐに判った。

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