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「でも、嬉しいわ。こんな優しい子が友達だなんて。優ちゃんにはずっと寂しい思いをさせてきたから」  楓は煙草を咥えて火をつけると、物思いにふけるように煙を吐いた。 「別に寂しいとか思ったことないから」 「でも酷かったじゃない?あたしがこんなんだから中学生でグレて、夜に遊び歩くなんて、育ての親として、少しは負い目を感じているのよ」  聞き捨てならないような、優作の生い立ちが見え隠れする会話に、自然と興味が湧く。 それは、決して冷やかしとかではなくて、純粋に彼のことが知りたい思いからだった。 「楓さん、良かったら優の昔の話、聞かせてもらえますか?」  普段、真面目な話を優作とはしたことがない。深く探るような会話は暗黙の了解のように避けてきたから当然ではあるが、今が優作のことを知れる絶好の機会なような気がした。 「おい……」 「いいじゃない?千晃くんは友達なんでしょ?」  興味津々な千晃を余所に、優作が耳朶を染めて割って入ってきたが、楓の問いに対して深く溜息を吐いただけで、執拗に止めるわけではなかった。 これから語られる自分の生い立ちにそっぽを向いて、耳を傾けているだけ。彼も彼のことを知られたがっていると捉えていいのだろうか……。  そんな優作を黙認した楓は、『じゃあ続けるわね』と千晃に向かって語り始める。 「優ちゃんね、五歳の時に交通事故で両親を亡くしているの。あたしと、優ちゃんのお母さんは姉弟で孤児だったから、優ちゃんの引き取り手は自然と優ちゃんのお父さんの家に決まっていたんだけど、優ちゃん本人の意思はあたしが良かったみたいで、泣きついてきたのよ。かわいいでしょ?」  楓は静かに笑みを浮かべると、指に挟んで落ちそうな煙草の灰を灰皿に落とした。 「でも、それは難しかったの。あたしはその時から夜職やっていたし、向こうの親は黙ってなかった。あたし的には、子供なんていたら自由に恋愛が出来なくなるし、都合がよかったんだけど」  耳だけ傾けていた優作が、一瞬だけ此方を向いて「悪かったな。俺のせいで自由に恋愛できなくさせて」と口を尖らして拗ねたように独り言ちる。きっと楓さんは優作を責める為に話しているわけじゃない。だけど、彼も彼なりに思うことはあるのだろう。 「冗談よ。あたしだって大事な姉の可愛い甥っ子だもの。優ちゃんの意志を尊重したかったわ。それによく遊んであげていた仲だったから抵抗はなかったの。だけど、はぐれモノのあたしじゃ、向こうの両親には不服だったみたいね。半ば強制的に優ちゃんは連れていかれたわ」 優作の初めて知る生い立ち。いつも登校せずに呑気だと思っていたが、彼の人生が壮絶なものだったとは知る由もなかった。

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