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「だけど数ヵ月経って、優ちゃん。よっぽど向こうの家が嫌いだったのか、反抗的な態度ばっかりとって言うこと聞かないから、手に負えなくなった向こうの親があたしに寄こしてきたのよ」 「だってあの家、すげぇ五月蠅かったし、古臭かったし。俺には居心地が悪かった」 「そうね。あなたのお父さんの家系は剣道家だったから礼儀とか作法とか子供でも容赦なく扱くような家だったのよね。昌行(まさゆき)さんは少し気弱だったけど心優しい人だったから、それが窮屈で家を出て姉とのんびり暮らしたかったって……」 実母父の関係ではなくても二人がお互いに尊重し合っているのが雰囲気で感じる。辛い境遇でありながらも優作は、楓に支えられながら二人で今日まで生きてきたのだろう。何だか胸に熱いものを感じた。 「まあ、そこから千晃くんの見ての通り。あたしがこんなんだから虐められちゃったりして、グレて夜遊びし放題」  楓が夜職で生計を立てていたのなら、多感な小学生の優作は、きっと寂しい思いだってしてきたはずだ。 あのオヤジに身売りするような真似をする行為も、優作が抱えている寂しさからくるものもあるのではないだろうか。 「でも、そんな時に現れてくれたのが千晃くんなのよ?あなたと仲良くなった日、優ちゃんが珍しく嬉しそうにあなたのことを話してくれたの」  最初は興味でも、優作と仲良くすることは千晃にとっても喜ばしいことだった。楓の話を聞いて、彼も同じように思ってくれていたことが素直に嬉しい。  キスされて心を誑かされてもやっぱり憎めなかった。 普段冷たいくせに他の人の前では、俺の話をしているなんて狡いじゃんか……。 真横にいるのに恥ずかしくて顔も合わせられない。優作も、同じように感じているのか、隣から大きな溜息が聞こえてきた。 「あーあー。やっぱり連れてくるんじゃなかった。楓、余計なこと喋りすぎ」  得も言えぬ空気の中で耐えかねたのか、優作は頭を乱暴にかき回すと椅子から立ち上がった。 「あら、優ちゃんどこ行くの?」 お店に来てからそれほど時間が経っていないのに、鞄を肩に下げて出入口の方へと向かっていく。 「お前が喋りすぎるから此処にいるのが気まずくなった。帰る」 楓の呼び止めに振り返りもせずに、怒り口調で吐き捨てては一目散に店から出て行ってしまった。 このまま彼を放っておくのはいけないような気がして、千晃は咄嗟に椅子を揺らして立ち上がる。   すると、『ねえ、千晃くん』と楓に声を掛けられた。 「あなたたち喧嘩してるんでしょ?あの子たまに失言するから、こんなに優しい千晃くんに何言ったか知らないけど、千晃くんが良かったら許してやってね。あの子、千晃くんのことは唯一の友達だって大事にしているみたいだから……」  優作が大切な友達と思ってくれている。本人に確かめたわけじゃないけど、それが本当なのであれば嬉しいに越したことはない。特別な感情を抱いてしまったけど、優作はまた自分と友達でいてくれるだろうか……。  去り際に楓から桃色の花びらが散らばったお洒落な名刺を渡されると、笑顔で手を振ってくれる彼女に深くお辞儀をして店を後にした。  楓に背中を押されたように、期待と不安で胸が躍る。本当に信頼していなければ、自分の生い立ちを知っているような人に会わせようと思わないのではないだろうか。少なくとも今までの優作は自分のことを多くは語らなかった。  もちろん優作への恋心はそう簡単に手放して割り切れるものじゃない。だけど、それ以上に友情の方が今の千晃には大切だった。  気持ちを切り替えるには伝えるしかない。正直、彼がどう感じ、どう返してくるのか返事が怖くないと言えば嘘になる。優作と友達で居続ける為にもこの気持ちに整理をつけないと、前に進めない気がした。

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