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消せない失恋の痛み

夏休みも終盤を迎えた頃。桜田優作は自分の叔父でもあり、育ての親でもある楓の店のカウンター席で頬杖をついてぼんやりとウイスキーの入ったグラスを眺めていた。 「優ちゃん、いつまで居座る気?というか勝手に酒出して、飲むんじゃないわよ」 「いいじゃん。可愛い甥っ子に酒くらい奢ってよ。それにひとりじゃ寂しいし……」 「だからって。飲むのは構わないけど、酔った勢いで変な男に着いて行かないでよ。あたしだって頻繁に構ってあげられないんだから」 「別に見ててもらわなくていいし」 ひとつ問題が解決すれば、また次の問題が浮き彫りになるように、優作の心は空っぽのまま。 「もう……。それより千晃くんとは仲直りしたの?」  半ば呆れながらも、優作を見逃してくれる楓の店は居心地がいい。 「まぁ、ぼちぼち」 楓に吉岡のことを問われ、グラス口を掴んで手持無沙汰に回しながらそう独り言ちる。 休み前に唯一の友達である吉岡千晃と絶交宣言を受けるまでの喧嘩をした。 喧嘩の原因は全て自分に非があるにしても、優作史上最大のショックを受けた出来事。 何とかお互いの本音を吐露し、友達続行でことなきことを終えた。 それからというもの、優作に考え込ませる隙を与えないようになのか、昼はもちろん、放課後に吉岡と寄り道することもしばしあって、気持ち的に落ちるようなことは少なかった。 休みの前日、いつものように吉岡と一緒に過ごして、一度くらい夏休み中に連絡をとってもいいかも、なんて思ったものの、頭の片隅で意識する、彼の自分に対しての好意に期待を与えてしまうような気がして、教えられずに休みを迎えてしまい、今日に至る。 「どうせ優ちゃんが余計な事言ったんでしょ?あんな優しい子、もう怒らせるんじゃないわよ。貴重なんだからまったく……」  楓はそうぼやくと、ボックス席に座る、サラリーマンのオヤジ集団に呼ばれ、『さっさと帰りなさいよ』と釘を刺された後に、その場から離れて行ってしまった。 客から好かれて必要とされている楓を羨望の眼差しで眺めながらも、優作は深く溜息を吐いた。 自分らしく生きている楓は、我が叔父ながら格好いいと思う。 楓が去った後のカウンターはやけに寂しく感じた。 誰かと一緒の間は誤魔化せていた感情もひとりになれば虚しさが増す。未だ癒えていない、失恋の傷。  春に優作の大嫌いな女、椿理友菜のことが好きな青年に恋心を抱いてしまったのが全ての始まりだった。  青年の名前は篠塚兼。柴犬のように愛らしくて、椿に一途で純粋なところに惹かれた。椿のことが好きだから協力してほしいと頼まれて引き受けた先輩後輩の関係。   最初こそは、好きな人の傍にいれるのなら例えそれが、友情のようなものであっても構わないと思っていた。 兼が自分に頼ってきてくれるのが嬉しくて、椿と一緒にお昼を食べるなんて苦痛でしかなかったのに、兼がいるだけで我慢するのも容易かった。 椿と話をして嬉しそうな兼。 椿に揶揄われて頬を赤く染めている兼。 椿のことを一生懸命に相談してきてくれて、喜んでいる兼。  どんな兼でも愛おしくてたまらないのに、次第に苦しくなっていた。叶わない恋の悲痛さから逃れるように赤の他人と触れ合うことで、自分の兼に対する想いを散漫させる。  しかし、それが結果的に仇となった。

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