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しかも、水で割らずにそのままで優作に差し出してきた。あわよくば酔い潰してお持ち帰りしようという魂胆がみえみえだ。
優作は、さぁ……。と言葉を濁して一刻も早くこの場を切り抜けようとしたが、体を引けば引くほど、男が詰め寄ってくる。
「僕は完全にこっちの人間でね、君みたいな綺麗な子を抱くのが好きなんだ」
自分が逃げていると気づいているのか、肩に腕を回してくると、男の体が密着する。幾ら警戒している男であっても、久しぶりの人の温もりに何処か心地よさを感じてしまう。
好みじゃなくても今から抱かれてしまえば、この寂しさも紛らわすことができるんじゃないだろうか……。
「君の名前は?」
「優作」
あやすように後頭部を撫でられて安心する。
「いい名前だね。僕は水澤俊彦 。僕さあ、最近恋人に振られたんだよね。こっちだと思っていたのにさ、あっさり女の元に行かれてたんだ。やっぱり女がいいだなんて。残酷だよ」
結局、椿には敵わなかった。一ミリたりとも振り向いてもらえなかった。それどころか、自分を全否定する発言を好きな人の言葉から吐かれてしまう。
ただ好かれたいだけだったのに……。
「やっぱり、こういう心の傷を埋めるのはさ、同じもの同士じゃないと……。優作もそう思わないかい?」
男の手が優作の内腿へと伸びてくると優しく撫でまわされる。もうどうせ失うものなんかないから、いいだろうか。
この男と自分は一緒だ……。
癒えない傷を誰かに慰めてもらいたい……。
差し出されたグラスを一気に飲み干した途端に喉が焼けるように熱くなっては、体中が火照ってくる。
優作は、悪戯に腿の上で弄んでいる男の右手に自分の左手を重ねた。
「俺でよければ慰めてやろうか?俺も最近ノンケに振られて忘れたいんだ。俺のこと、抱いてよ」
「もちろん、可愛がってあげるよ」
徐々に体にめぐるアルコールが気持ちを浮つかせるのか、耳元で囁かれて背中からゾクッとしたものが競り上がってくる。
僅かな理性の中、楓に見つかったら面倒くさいことになるのは分かっていた優作は、男より先に店を出た。
しばらくしてから店先で落ちあい、水澤と名乗る男に肩を抱かれながら、繁華街を抜けてビジネスホテルへと入る。
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