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学校に到着して、下駄箱で上履きを履いていると視界に苦手な椿が入ってきては、自分の気分が下がっていくのが分かる。 「優作くん、久しぶり」  たまたま登校時間が被ってしまったのか、待ち伏せしていたのかは分からないが、どちらにせよ、兼のことがあるだけに、今は、尚更出会いたくない女だった。 「おい、吉岡行くぞ」 「あ、うん。待って」  優作は女を無視して、玄関手前の下駄箱で靴を履き替えている吉岡に声を掛けると、足早に教室へと向かう。  玄関先で吉岡の友達である、男たちと彼が話していたのを見たがそんなのどうでもいい。一刻も早くこの女から離れたい。 「ちょっと、今日一緒に帰らない?ほら、柴犬くんも呼ぶから。ね?」  おねだりするような上目遣いで、ワイシャツの裾を掴まれる。いつまでもついてくる椿が心底鬱陶しい。一年の下駄箱前を通ったところで、一瞬だけ兼と目が合った気がして、胸が締め付けられた。 敵視するような睨んだ冷ややかな視線だった。 「うぜぇーから、もう関わんないでくんないかな」  兼からの冷たい視線で荒んでいく心と鬱陶しい椿の態度に感情が爆発した優作は、他の生徒の目を気にせず、椿の手を振りほどいた。  背後から微かに聞こえてきた『もう柴犬くんは潮時か……』なんて呟きを耳にしながらも、焦燥感で前へと進む足が自然と速くなり、気が付けば教室へ辿り着いていた。  始業前から教室に入ってきた優作が珍しかったのか、クラスメイトからの視線を浴びながら中へと入ると、視線から逃げるように座席に着いて、机に顔を突っ伏した。  吉岡といるのは楽しいけど、辛いことを思い出す賑やかな学校は居心地が悪くて心穏やかにはいられない。肝心の吉岡は、なかなか自分を追ってこないと思えば、玄関先で捕まった友達とゆっくり教室に入ってくる始末。  俺の事、好きだったんじゃないのかよ……。  友達なんじゃないのかよ……。 慣れないことはするもんじゃなかった。けれど、吉岡が同じ空間にいると分かっているから、帰るという選択肢にはならなかった。 

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