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しかし、酸素を求め、水澤の両手を掴んで、引き剥がすことに必死でそんな余裕などなかった。血が上りそうな頭で、なんとか打開策を考えていると身体が大きく仰け反り、首元の両手が離され、息苦しさから解放された。  廊下の窓からの光が差し込んできたことで、扉が開かれたことを認識し、今自分は誰かに身体を支えられていると実感がした。 「げほっ……。げほげほっ。よしおか……」  顔を見上げ、掠れた声で呟く。優作の全身を見慣れた顔が包み込むように支えていることに安堵する。 窮地に立たされたところを、先ほど教室で見送っていた吉岡が助けてくれた……。 「えっ……。優?大丈夫?いま中で、凄い音としたよね?てか、飯田どこよ。さっきまで一緒にいたんだけど」  辺りをキョロキョロと見渡し、落ち着かない様子の吉岡。扉を開けた途端に人が倒れ込んできたら、誰だって驚くのは当然のことだった。 「君は……?」  吉岡に支えられて安心している場合ではない。  優作は、彼に支えられながらその場に立ち直すと、目の前の人物に目線を向ける。  腕を組んでドアの縁に寄りかかりながら、涼しい顔をしている水澤は、優作ではなく、斜め後ろの吉岡を捉えていた。 「優のクラスメイトの吉岡千晃ですけど」  男に問われた途端に、吉岡の表情が変わる。今までに聞いたことのない低い声。いつもは誰に対しても温厚な笑顔で接している彼が、眉間に皺を寄せて表情を強張らせているのは、内に秘められている怒りの感情からだと分かった。 「そう、何か用でも?」  そんな吉岡など眼中にないのか、澄ました顔で水澤が問う。不意に、水澤が優作の右腕を掴もうとした手から救うように、吉岡に左腕を掴まれ、引き寄せられた。彼の体に肩が触れて、 不覚にもトクリと胸が鳴る。 「優のこと、もういいですか?昼休み終わっちゃうんで」 「あぁ、構わないよ。まだ話は終わってなかったけど」 「話ってなんですか?赴任初日で居眠りしていた生徒をわざわざ昼休みに呼び出して長々と説教することなんてあるんですかね?」  水澤に向かってどこか冷たくて他人行儀な吉岡を目の当たりにして怖くなる。水澤と関係を持ったと知ったら吉岡はどう思うだろうか。『ほどほどにしときなよ』と言われた矢先にコレだ。仲直りしたばかりの今、失望されて、冷めた眼差しを向けられたらと思うと生きた心地がしなかった。

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