67 / 125

逃げられない執着心

放課後はいつものように吉岡と下校した。バスの下車で別れて帰宅したはいいが、心ここにあらずで、一人自宅に居ても落ち着かなかった。 水澤が現れてから嫌な予感が拭えない。自分が蒔いた種とはいえ、誰かにこの気持ちを吐露することで和らぐことができたのなら……と思っていた。 私服へと着替えて楓の店へと向かう。店に入るなり、カウンターで紙煙草を片手に出迎えてくれた楓の姿に安堵した。 「あら、優ちゃんおかえり」  挨拶をしてくる楓を無視していつものように、真正面のカウンター席へと座る。時刻は午後七時と、そろそろ常連客が来て楓が忙しくなるころだろうかなんて頭の片隅で思っては、スマホをテーブルの上に置いた。 「今日は学校行ったんでしょうね?」 「ああ」  店に来ての第一声が学校に行ったか行ってないかの話だなんて、まるで母親のようで鬱陶しく思うが、今の優作には安心感を覚える。 「行ったのならいいんだけど、優ちゃん。卒業だけはちゃんとしなさいよ」 果汁100%ジュースを優作の目の前に置きながら、疑いの視線を送ってくる。 「はいはい。つか、なんで吉岡に連絡先教えてんだよ」 優作は、しっかり小言を言ってくる楓の言葉を聞き流しては、今朝方、吉岡が楓の番号を知っていたことを思い出していた。 「いいじゃない。千晃君って可愛いし優しいじゃない?それに、誰かさんと違って素直だし」   明らかに自分のことを示唆している。楓の意地悪さは昔からではあるが、優作も負けてはいなかった。 「その誰かさんがこうなったのは、意地悪い叔父に育てられた結果だと思うけど」 「まぁ、失礼ね。もう、一層のこと優ちゃんが千晃君に落ち着いてくれないかしら」  時折、煙草の灰を気にしながらも優作の偏屈じみた返答にも笑って返してくる。 「ゲホゲホ……。はぁ?なんで……それはない!」 楓の心の器の大きさに関心をしながらも、ジュースに口をつけた途端に楓からの思わぬ発言に咽てしまった。 「またーそんなこと言ってー。お似合いだと思うわよ?」  楓の人に対する目利きが優れている分、吉岡がいい奴なのは間違いないのだろう。 それに吉岡に告白されて意識していないわけじゃない。 頭の片隅で、彼が自分のことを色眼鏡で見ていることは彼の態度からでも分かるし、それを必死に隠そうとしていることも気づいている。 だからと言って自分が吉岡に対して同等の気持ちでいるかは、また違う気がする。 確かに、吉岡が他の奴と楽しそうにしている姿を見ると胸がザワつくことが多くなったが、それは今まで吉岡以上に大切にしたいと思える友達がいなかった故の嫉妬心だと思う……。思いたかった……。 「そういえば、優ちゃん。この間、いつの間にかいなくなっていたけど、ちゃんと帰れたの?常連の近藤さんの話だと優ちゃん、隣で呑んでいた人と帰ったんじゃないかって言っていたけど」  今まさに自分が抱えている問題なだけに、この場で話してしまってもいいかと喉元に言葉を詰まらせながら思った。 楓になら、今更呆れられようが、小言を言われようが怖くない。自業自得だったとしても話すことで気持ちの面で軽くなるような気がした。 「そのことだけどさ、楓……」  テーブルの上で手を組み、話を切り出そうと腰を上げて体勢を整えた時、背後からベルの音とともに、誰かが店に入ってきた合図が聞こえてきた。即座に目線を遠くに向けて「いらっしゃい」と声を掛ける楓につられるように、優作も店の入り口の方へと振り返る。 「こんばんは。ママと……。優作」  扉の前に立つ人物を見た瞬間に全身が震えるほどの寒気を覚えた。日中に見た時と同じ紺色のスーツに赤色が目立つ派手なネクタイ。 そして、糸に引っ張られたような吊り上がった目が細く弧を描いて笑う。目に見えるような跡は引いたとはいえ、昼に首を絞められた手の感触を思い出しては、ゾワっとして身の毛がよだった。

ともだちにシェアしよう!