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帰りのホームルームを終え、今日一日の終わりを告げるチャイムと共に教室を出ると、数歩歩いたところで「優、待って」と呼び止められた。 「優」なんて名前を呼んでくる奴なんて吉岡しかいない。 声の主が分かっていても、今振り返ることは出来なかった。吉岡と話せばボロが出てしまう。  優作は唇を強く噛みしめて感情を押し殺すと、そのまま早歩きで前進し始めた。 だが、バタバタとした足音と共に背後から気配を感じては、階段手前で手首を掴まれる。 「ねえ、待ってよ」  吉岡が自分に触れた。触れられて嬉しいのに浮ついてなんか居られない。なのに、このまま|水澤《あいつ》のいないところまで連れて行ってくれればいいのになんて思ってしまう。 「優、なんで俺のこと避けてんの?」 「別に避けてなんかないよ」 「俺が重いから?」 「違う……」  一層のこと「お前は重いから、近づくな」と突き放してしまえたら、吉岡の為にもなると分かっているのに、強く突き放すことなんかできなかった。 吉岡の落ち込んだ表情を見るのも、吉岡に酷いやつだと嫌われるのも嫌だ。 「じゃあ、なんで」 眉間に皺を寄せて詰め寄ってくる吉岡の圧に負けそうになる。本当は自分だって吉岡を避けたくてやっているわけじゃない。 水澤とお前を関わらせたくないから、なんて言葉が喉元まで上がってきては寸前で呑みこんだ。 「お前には関係ないから」 「優、何回聞いてもそればっかじゃん。関係大ありなんだけど。優が俺のこと重いって思っていようが、俺は優のこと大切に想っているし、そんな奴が毎日暗い顔しているのに何もないだなんて思えない」  吉岡の口から心が躍るような言葉が次々と自分の鼓膜に響いてくる。 大切に想っているなんて好きな人から言われて喜ばない訳がない。 嬉しいのに喜べなくて言葉を返せずにただ黙っていることしかできなかった。今、吉岡と真面に向き合ってしまったら彼に泣きつきたくなってしまう。 「分かった……。じゃあ、聞くけど。優って水澤と付き合ってんの?」 「だったらなんだよ」  嫌だ……。吉岡には知られたくない。 「それって優が心からの望んでること?」 「しつこい」 これ以上、構わないでほしい……。 「優にしつこいって言われようが、俺は優が無理しているなら、全力で止めるよ」 掴まれた手首から伝わる吉岡の熱。 込められた力に優作の心が揺れ動く。 「そんなこと言われたって……」 「俺から見てたら、ここ数日の優は楽しそうに見えなかった。それに楓さんから全部聞いたよ。水澤ってお店で会ってお持ち帰りされた奴なんでしょ。楓さんから見ても少し一癖ありそうだったからって頼まれたんだけど」  楓にも吉岡にも全てお見通しだった。 この数日、水澤と一緒にいることがどんなに苦しかったか。吉岡と話すことを止めるのが、どんなに辛かったか。 水澤といるくらいなら吉岡といる方が楽しいに決まっている。吉岡の陽だまりのような暖かくて、おどけた笑顔の傍にいる方が居心地いい。 「なぁ、よしおか……」  視界が滲む瞳で吉岡を見ては、助けを求めようと口を開いたところで、吉岡に掴まれていた手が離される。代わりに、吉岡の手を誰かが掴んでいた。

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