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「嫌です。じゃあ、優に近づくのを止めてください。そしたら考えなくもないです」 「いいから、動画撮ってんだろ。今すぐやめろ」  吉岡の交渉も虚しく、気が立っている水澤は彼のスマホに手を伸ばして力づくで、奪い取ろうとするが、ひょいっと交わされ身体がよろめいただけで、お目当てのものは吉岡の頭上にある。 水澤と吉岡の身長差はほぼ無いに等しかったが、彼が巧妙な手つきでスマホを死守しているので、水澤が怒り心頭に発してきてるのが分かる。 「優が嫌だって言ってるじゃないですか。あんた、今なにしようとしてました?仮に恋人だとしても相手の嫌がるようなことをする奴に優は渡せない」  おどけた彼の笑顔の痕跡がない。無機質で相手を軽蔑しているような冷たい瞳。背筋が凍る程、冷めきっている彼を初めて見た。 「僕たちのことに口を出さないでくれるかな?そもそも君が付き纏ってこなければ、優作と僕は結ばれていたはずなんだけど」 「どこが。やっぱり俺は、あんたみたいな公私も分けられない相手を支配するような人間が大嫌いなんで、これ教育委員会に提出させてもらいます」 「そんなことさせるかよ」 スマホを顔の横で掲げる吉岡が鼻で笑う。 吉岡が先ほどから動画を撮っていた理由は、水澤を脅すためだったのだろう。今の一部始終が吉岡の手によって教育委員会にでも流されれば、水澤の教師生命は終わる。 流石の水澤もそれは自身の名誉に関わることだけに、何度も吉岡のスマホ目がけて手を伸ばすが、何度やっても同じことだった。 そのうち諦めた水澤は、吉岡の胸倉を掴んで、そのまま机上へと彼を抑え込む。 その反動で、彼のスマホが床へと落ちると、水澤の足に弾かれて優作の目の前に滑り込んできた。 優作は咄嗟にそれを拾い、大事に胸に抱え込んだ。 「優作、それを僕に渡してくれないかな?」  吉岡ともみ合いになっていた水澤は、スマホが優作の手に渡ったことに気づくと、吉岡に構うのを止めて俺の元まで駆け寄ってきては、スマホを持った右手首を掴んできた。 血が止まりそうなほどに強い力で握られ、うっかり落としてしまいそうになるが、これはどうしても渡せない。 渡してしまえば水澤の悪事の証拠がなくなる……。 「優に触るな」 痛みに顔を歪ませながらも、意地でも渡すまいと耐え忍んでいると、水澤の体が仰け反って掴まれた手が離れて行った。 吉岡が水澤から引き剥がしたと同時に、彼は水澤の頬に勢い良く拳を振り落とす。 只のヲタクだとか思っていたけど吉岡の利口さといざという時の正義感に圧倒された。 「教師に向かってこんなことしていいと思ってんのか?」 「これは正当防衛です」 衝撃で水澤の左頬は赤くなり、顔を右下に向けると吉岡を睨む。 先ほどまでは教師なんて立場を顧みず、恋人だなどと言っていた癖に、自分に都合が悪くなると教師の立場を利用する。 なんて最低な男なのだろう。しかし、吉岡の渾身の一発が水澤に響いたのか、僅かに身体を震わせて、恐怖で慄いているようだった。

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