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「おい、やめろよ」 優作は羞恥心から吉岡の手を払い除けると、掻き乱されてグシャグシャになった髪型を手櫛で整えた。その間もニヤニヤと此方を眺めてくる視線に恥ずかしさはあるものの嫌ではない。 「なんか、髪切ったことで王子感増したよね」 「王子感ってなんだよ。そんなつもりで切ったわけじゃないし」 吉岡は自席の椅子に座り、机に右肘をついて拳で頭を支えながら此方を見てくる。 「でも優は王子気質じゃん?俺に平気で飯奢らせるし、世話が焼けるし?」 「それはお前がいいって言うからだし、アイツとのことは別に世話を焼かせたいからあんなことになった訳じゃねーし」 少しだけ厭味たらしい言い草にイラっとして、ムキになって言い返すと、吉岡はお腹を抱えて笑い始めた。 「冗談、冗談。優を揶揄ってみただけだから本気にしないでよ。それに世話でも迷惑でも優ならウェルカムだから」 「冗談って言いながら絶対皮肉ってるだろ」  また冗談を言い合えるような仲になれたことは嬉しく思う。 だけどもう、以前のように自ら色仕掛けをして吉岡の反応を面白がるようなことは出来なくなっていた。 本気で好きだと気づいたからこそ照れの方が勝って「好き」の二文字すらもなかなか言い出すことができない。 それどころか、「お前がいい……」だなんて揶揄って大笑いしていた時のことを思い出すと、今すぐにでも後方のロッカーへ隠れてしまいたくなるほどの恥じらいだった。  正面を向き、そんな出来事を思い出しては口元を覆っていると、耳元に何かが触れた気配がして、擽ったさから「んっ……」と、右肩を上げて目を瞑る。  気配のあった方を見遣ると、吉岡が胸元から手を伸ばしてきては、ピタリと動きを止めている姿があった。 目を見開いてじっと此方を見つめてきている。 「どうしたんだよ」  あまりの不自然な静止に問いかけると、我に返ったように首を振った吉岡が気まずそうに俯く。 「ごめん、優ってピアス開けてたんだなーって思ってさ」 「ああ……」 右耳にだけつけていたピアス。髪の毛が長い時はハーフアップにしていたし、今更の話ではあったが、優作が気になったのはそこではなかった。 不本意ながらもたった今、自分は変な声を上げてしまった。 俯かれてしまったことから吉岡に不快感を与えてしまったのではないかと不安が過ぎる。 幾ら吉岡から好きだと言われていても、彼がノンケであることには違いない。女よりも低い声で喘ぐ姿なんて見られてしまえば、彼を幻滅させないとは言い切れない。 何か言葉を発したかったが、余計に墓穴を掘るような気がして黙っていると、吉岡に「ごめん」と再度謝られてしまった。  気まずそうに正面に向き直って、スマホを弄り始めてしまう。 ――やはり今の声を聞き逃さなかったのだろうか。 ――気持ち悪いって思われてしまっただろうか。  吉岡はそんなことは思わないと分かっていても、拒絶される怖さを知っているせいか、自分の行動に対しての彼の反応が気になってしまう。

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