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16-3
「おーい、千晃」
優作が悶々と頭を巡らせていると、吉岡に教室前方の座席にいる飯田と辻本からお呼びがかかる。「こっちにこい」と言わんばかりに手招きしてくる彼ら。
呼ばれた吉岡は顔を上げて座席から立ち上がると飯田と辻本の方へと向かおうとしていた。
アイツらの元にだけは行ってほしくない。
別にわざわざ今の時間行く必要はないんじゃないだろうか。
「ゆう?」
そう思った瞬間に、机の間を通って行こうとする吉岡の手を掴んで、引き留めている自分がいた。不思議そうに首を傾げてくる彼。
問われるのは当然のことではあったが、何か意図があっての行動ではなかっただけに狼狽えていた。
「いや、その……」
単純に飯田と辻本の元に行ってほしくなかったなんて言えるわけがない。
目を泳がせ、言い訳を考えていると、吉岡の手元のスマホが目に入った。
そういえば、まだ連絡先を聞けていない……。
幾らでもチャンスはあったはずなのに、意地になって聞かずにいた。
たかが連絡先とはいえ、学校で会わなきゃ会えない関係だった吉岡との距離を縮めるきっかけになるかも知れない。
「お、お前の……。連絡先、おしえろよ……」
吉岡に対して自分から行動を起こすことなど滅多にないだけに、連絡先を訊くだけで体中の熱が上がる程緊張していた。
言葉にするのが、恥ずかしくてだんだん尻すぼみがちになる優作の声を聞こうと吉岡が顔を近づけてくるので、余計に声量が小さくなる。
「えっ?今なんて言った?」
以前はどんなに吉岡との距離が近かろうとも平然とできていたのに、彼の顔が近くにあると思うと胸の鼓動が早くなる。
恋を自覚するとこんなにも意識してしまうものなのだろうか。
決死の思いで放った言葉が吉岡の耳には全く届いていなかったのか、聞き返されてしまう。しかし、こんな至近距離でもう一度同じことを言えるわけがなかった。
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