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16-4
「やっぱいい……」
優作は吉岡の掴んだ手首を離すと、頬杖をついてそっぽを向いた。聞いていなかった吉岡が悪いと云い聞かせては、また素直に聞き出すことが出来なかった自分に後悔する。
きっとまたこんなのが続いて吉岡に連絡先を訊くというだけのことが先伸ばしになっていくのだろう。
飯田の方を振り向く吉岡を見て、内心で凹みながらも深い溜息を吐こうと俯いた時、彼が「飯田ごめん。後にして」と声を張り上げて言った言葉に顔を上げた。
向き直った吉岡とばっちりと目が合い、彼が優作の目線に合わせるようにその場で立ち膝になる。
「良くない、良くない。いま連絡先教えてって聞こえた気がしたんだけど?」
友人の誘いを断ってまで優作に構ってきたことに喜々とするのと同時に、改めて言われると顔から火が出るくらいに熱くなった。
――つか、聞こえていたんなら聞き返してくるなよ……。
恥を忍んで顔を縦に振って頷くと、吉岡の表情がパァっと明るくなる。
「優から言ってくるなんてURカード引くばりのレアなんだけど」
何カードだか、理解不能な単語を並べられて此奴は何語を喋っているのだと眉を顰めたが、吉岡の雰囲気から、悦んでいることは間違いないようだった。
「悪いかよ……」
「悪いどころか超嬉しいんだけど」
鼻歌を歌いながらご満悦そうに机に顎を乗せてスマホを操作する。そのわかり易く悦んでいる姿が少し愛らしく思えて、優作の胸を擽った。
「はい、コード。俺の読み取ってくれる?」
スマホ画面を優作に見せてきて、読み取ってと言われたが、優作には道理が分からなかった。
黒くて四角いモザイクを拡大したようなものを見せられてもどう読み取れというのだろうか。
他人と連絡先を交換する機会がなかった優作には難解であった。
自ら分からないと言えずに、自分のスマホを取り出して固まっていると、勘付いた吉岡に問われる。
「もしかして優、やり方わかんないの?」
これまた恥を忍んで二度ほど頷くと、「じゃあ貸して」と吉岡にスマホを奪われ、何やら操作をし始めた。
彼のスマホの上から優作のスマホをかざしたかと思えば、今度は上下のスマホを入れ替えて同じ動作をしてみせると二分もかからないうちにスマホを戻された。
「はい、できたよ」
吉岡に段取りを任せたら右に出るものはいないくらい手早く終わらせた彼に感心しては、画面を眺めると連絡先の欄にしっかり吉岡の名前が入っていた。
吉岡の名前があるだけでも、特別なもののような感じがして、間違えても消さぬようにと身が引き締まる。
そうこうしているうちに、始業のチャイムが鳴り、同時に教科担任が入ってきたことによって吉岡との時間は中断された。
授業中、暫くして、ポケットに入れていたスマホが振動する。
机の下で確認すると、吉岡からメッセージが届いていた。
内容はパンダがよろしくお願いしますとお辞儀をしているスタンプ。正しく吉岡らしいスタンプに優作は、思わず口元が綻んだ。
本人の方を向くと、彼も満面の笑みで此方を向いてきては、教科書で手元を隠しながらスマホを左右に振ってくる。
そんな吉岡の姿を見て、何か返信をしようと思ったが、気恥しさでそのままスマホ画面を落としてしまった。
吉岡と繋がっている。
もっと吉岡のことが知りたい……。
連絡先ひとつ交換しただけでこんなに浮ついた気分になるとは思わなかった。
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