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好きなのに伝わらない
文化祭の準備が着々と進む中、居残りして活動する生徒も多くなってきた。自分のクラスも文化祭に向けて自主的ではあるが、放課後の教室を使って作業をする時期に差し掛かる。
どうやら自クラスは和風喫茶をやることに決定したらしい。教室内では仲いいもの同士で机を固めて作業している者、教室前方でスペースを作って段ボールに塗装をしている者、作業を手伝っていながらも遊んでいるのではないかと思しきものと各々の時間を過ごしていた。
優作も自席で赤色の画用紙に鉛筆で書かれた紅葉(もみじ)をひたすら線に沿ってハサミで切る作業をしていた。
正直、この手の作業はだるいし、独りだったらやらずに帰っているところだったが、すぐ隣には吉岡がいる。
本当は吉岡が文化祭の準備で残ると聞いていてもクラスの奴らと何かする気にならなかった。
だけど、吉岡とは一緒に帰りたくて、彼が終わるのを玄関先で待っていると、それを数日続けていたら「待っているくらいなら優も手伝って」と吉岡に連行されたのが全ての始まりだった。
作業をしているうちに、吉岡の隣にいれるのならば、持ちつ持たれつな気がして自身も参加するようになった三日目の今は手伝うことへの嫌悪感は左程、気にならなくはなっていた。
隣の吉岡はというと、ミシンを机に置いては、真剣に布地と向き合っている。彼が足でアクセルのようなものを踏むと、布地が奥へ流されていった。
「吉岡、何してんの?」
「ん?のれん作ってる」
「お前って裁縫できたっけ?」
「もちろん、裁縫だけじゃなくて料理もできるけど?」
優作の問いかけに足を停めずに、淡々と答えてくる。ミシンなんて小学生の家庭科でしたか、してないかぐらいの記憶しかない優作にとって、難しそうでしかない筈なのに、作業しながら優作の質問に返答する吉岡の器用さに驚いた。
それに加えて料理もできるって、出来る男すぎるだろ……。
ただのアイドルヲタクだと思っていたのに拍子抜けした。
吉岡は作業に一区切りがついたのか、前屈みの体勢から上体を起こすと、優作の方を向いてきた。
「うち、共働きで両親帰りが遅いから御飯作りは俺の役割になってんだよ。俺四歳下の妹がいてさ、小学校低学年の時とか俺が縦笛の袋とか作ってやってたりしてたの」
自信満々に話してくる吉岡。彼の両親は共働きで妹がいるなんて初耳だった。面倒見の良さそうな性格をしているとは思っていたが、長男なのであれば納得ができた。
こうやって吉岡との時間が増えることによって彼の情報がひとつひとつ増えていくのが楽しい。
「ふーん、お前って意外と器用なんだな」
「ただのヲタクだと思った?」
「まぁ……。少し」
「失敬だなー。この吉岡千晃君にかかれば料理も裁縫も朝飯前よ。優、もしかして惚れ直したりしてくれた?」
吉岡が軽い冗談で問い掛けてきていることは分かっていたが、危うく頷きそうになる。妹の面倒見も良くて、ピンチの時は戦隊もののヒーローのように助けてくれて、それで惚れない方が不思議だ。今まで吉岡の魅力に気づけなかった自分の見る目のなさに撃沈する。
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