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吉岡の為なら

文化祭当日の朝。優作は開始二時間前で慌ただしい教室の後方で壁に伸し掛かって、忙しなく各々最終確認をするクラスメイト達をじっと眺めていた。  クラスの催し物の喫茶店のテーマが和風。それにちなんで、普段は机と椅子だけの無機質な教室が、文化祭仕様で華やかに装飾されていた。廊下側の大きい窓には手作りの障子がつけられ、教室前方の入り口には吉岡が作っていた暖簾が吊られている。 そこから受付までにかけて、段ボールに灰色の塗装をされた大判の岩のようなものと、ホームセンターで購入してきたであろう小石を脇に敷き詰めた通路や、赤と紫の開かれた和傘が和風喫茶に相応しい雰囲気を醸し出していた。 「優、ちゃんと来てるじゃん」  飯田と辻本と共に教室に戻ってきた吉岡が、自分を見つけるなり真っ先に此方へ向かって、隣に寄りかかってくる。 「まあ……。最後だし……」  今日の文化祭に行かないという選択肢もあった。精一杯の告 白を躱されてもなお、吉岡に会いたいと思っては登校し、変わ らずに話し掛けてくる吉岡に、以前のように絶交をされたわけ ではないと安堵する。 想いが伝わらなくても、傍に居られるだけでいいと言い聞かせては、今日まできてしまった。 あわよくば吉岡と一緒に露店を廻れたら……。 「吉岡、今日は忙しいのか?」 「うん、辻本がステージ出るから手伝うって言ったじゃん?それが今日の昼頃だから午前中はびっしり打ち合わせ」 優作が登校してきた時から吉岡は教室にいなかったし、何週間前かにそのようなことを言っていた記憶もある。少しでもいいから、吉岡と一緒に廻れないかと期待していただけに、優作の期待が萎んでいった。 「そう……。じゃあ、お前との行動は無理か……」  正直にお前と廻りたいと言えばいい話だと分かっていても、素直になれず言葉が喉につかえて出てこないのが優作だった。 一人で文化祭を過ごすなんてつまらないに決まっている。と言って、優作の苦手である辻本や飯田がいるのを承知で吉岡に着いて行くのは気が進まなかった。  二人と吉岡が話している姿なんか見たら嫉妬心が邪魔をして吉岡に迷惑をかけてしまうような気がして……。   一緒に居られないのであれば、このまま帰ってしまおうか……なんて思っていると、吉岡が「あーでも」と口を開いてきた。 「ステージ終わってからなら時間あるから、優。よかったら一緒に廻らない?せっかく優の最初で最後の文化祭なんだからひとりじゃ退屈でしょ?」  満面の笑みでそう提案してきた吉岡に、胸がキュッと握られたような感覚を覚える。 まるで自分の気持ちを汲んでくれたのかと錯覚するほど、吉岡が欲しい言葉をくれた。

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