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騒がしい廊下に対して静かな家庭科室。自教室と同じ階にある教室で、優作は楓に灰色に紺の線が入った帯を結ばれていた。バンっと絞められた帯を叩かれて、着付けが終わったことを告げられると、姿見の前で藍鼠色の着物を羽織った自分を眺める。 「急に連絡してくるから慌てて引っ張り出してきたんだから、感謝しなさいよ」  國枝のお願いを引き受けた後、すぐさま楓に連絡すると一着だけ男物の着物があると言われて持ってきてもらった。当然、ひとりで着られるわけもなく、着付けもセットで。  我ながらかなり似合っていると思うが、吉岡に見せたらどんな反応をしてくれるだろうか。  そう思いながら優作が自分の姿を眺める傍らで、丸椅子に腰を掛けて欠伸をする楓は、お店に出ているときとは打って変わって、カットソーに細身のジーンズとカジュアルな服装であることから仕事終わりで寝ていたのだろう。気だるげに足を組んだ膝に、肘をつけて楓も同様に優作の姿を鏡越しで眺めてきていた。 「男物じゃなくて、この際だからあんたもこっちになってみたら?あたしに似て綺麗になるわよ」 「女装願望とかないから却下」 「そう?勿体ない。評判良かったら店に出て手伝ってもらおうと思ったのに」  サラッと楓のもとで働かせる発言をしてきたことにゾッとしながらも改めて着物があって良かったと胸を撫で下ろす。別に楓の店なら嫌ではないけど、女装は勘弁してほしい。 「あんたにしては珍しいわよね。学校行事、今までは出たがらなかったじゃない?」 「まぁ、いろいろあって……」 「もしかして、千晃君のおかげかしら?」 楓が得意げに言い放った後でくすりと笑う。言葉を濁して答えたつもりが、彼女に全てを見透かされてしまっているようだった。 「な、なわけないだろ。気分だよ」  あながち間違いではないだけに、気恥ずかしさから否定をしてみたが、楓の頬は緩む一方だった。 「千晃君なら大賛成よ」 「はあ?大賛成ってなんだよ……」 「優ちゃんの彼氏候補よ。だって今、千晃君にその姿見せたいって思っているでしょ?」  吉岡のことが好きだなんて楓に話していないのに、今まさに優作が思っていることを言い当てられて言葉にならない。姿見に映る自分に目を伏せたくなる程、真っ赤に染まった顔。恋している自分の顔は、こんなにも胸がむず痒い気持ちになるものなのだろうかと思い知らされる。 「その様子だと図星ね。あんたは捻くれ者だから伝えるなら誠心誠意、素直に伝えなさいよ」 「うるさい。さっさと帰れよ」  楓のアドバイスなど真面に耳に入れるのも恥ずかしい。親に好きな人を知られるってこんな気持ちなんだろうか。 優作は楓の右腕を引き上げて、その場に立たせると彼女の背中を強く押して扉を開けては、家庭科室から追い出した。「もう、失礼ね」と呟く楓を無視して扉を閉めると深く息を吐く。 素直に伝えなさいと言われても伝わらない場合はどうしたらいいんだよ……。 楓のアドバイスに対しての文句を独り言のように呟いては、暫くして楓がいないのを確認すると吉岡を探すために準備室を出た。

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