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後夜祭

物静かだった校舎内から正面玄関で靴を履き替えグラウンドへと向かう。全校生徒が集えるほどのグラウンドでは、お昼に野外ステージで使ったセットを使用してカラオケ大会が開催されていた。 大して上手いわけでもない男の歌声が響き渡る。  後夜祭だからと言って特別何かイベントがあるわけでもなく、出演者の身内で盛り上がっているだけの文化祭のステージの延長戦のようなものだった。 「いたいた、よっしー!」  密かに左隣に立つ吉岡と手を繋ぎながらステージを眺めていると、背後から独特なあだ名で吉岡のことを呼ぶ辻本の声が聞こえてきた。吉岡が振り向くと同時に離された手を寂しく思いながらも、彼は辻本を見つけるなり、大きく手を振る。  駆け足で向かってくる辻本の隣には、優作にとって少し苦手意識のある飯田も一緒だった。 「辻本、飯田」 「よっしー。片付け終わった後、居なくなるからどこ行ったかと思ったよ」 「ごめん、ごめん。優を迎えに行っていたんだよ。ほら、家庭科室で着替えていたからさ」 「へぇー。桜田と仲直りしたんだな。片付けの時、別行動していたからてっきり倦怠期かと思ってたんだけど」  飯田が眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げては、優作の方を一瞬だけ見てくる。辻本はいいとして、飯田のことが苦手なのは、少なからずここにあった。  妙に感が鋭いというべきなのか……。 すべてを見透かしてくるというべきなのか……。 飯田の言動は少し胸に引っ掛かるものを感じるが、吉岡の友達だし、下手に口出しをして心の狭い奴だと思われたくもなかった。 「まぁ。それは。色々あったっていうか……。元から優と俺はこんなんだよ、ねえ?」  明らかに慌てた様子で同意を求められたが、この数時間の間で大きく彼との関係が変わったことには違いない。 ほんの少し前までは、飯田の言う通り、吉岡に避けられて凹んでいたというのに……。  倦怠期どころか今ここで吉岡にキスでもしたら、飯田も驚くだろうか。 何だか飯田のことが気に食わないので牽制の意味を込めてしてやろうかとすら考えたが、吉岡が困惑するのが目に見えているので、ここは大人しく、感情を堪えて吉岡に同意した。  少し疑ったように目を細めた飯田だったが、「まぁいいけど」と呟いては、納得した様子を見せ、吉岡は胸を撫で下ろすように息を吐いていた。

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