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七 その背中

(面倒臭えー……)  炎天下の中、軍手を嵌めて中腰で草を引っこ抜く。寮の裏庭に集まり、奉仕活動という名の草引きを総出で行っていた。全員参加ではあるが、仕事のある者や用事がある者はその限りではない。つまり、ここで草引きをしているのは貧乏くじを引いた人間だ。あるいは、酔狂な人間か。 (そもそも、暑ぃし……)  まだ夏の気配は遠いが、日差しの下は暑く、じっとしていると汗が流れて来る。ピンク色の髪が額に張り付いた。こんなことなら出かけるんだったと、岩崎は後悔する。 (藤宮のヤローに見つからなけりゃな……)  寮長の藤宮が、新入社員はなるべく参加して欲しいと先回りして来たのだ。結局のところ、予定を入れて逃げる社員が多いのだろう。その藤宮は率先して働いている。 (……鮎川も)  ここのところ交流のある鮎川も、草引きに参加していた。見ていると藤宮と交流があるらしく、良く雑談を交わしている。そう言えば同期だったはずだと思い当たり、唇を曲げた。  岩崎が良く見る、困った顔じゃない。穏やかな笑みだった。 「……」  無言で草を引っこ抜いていた岩崎に、同期の須藤雅が声を掛けて来た。 「なあ、駐輪場のバイクって、岩崎の?」 「あ? おう」 「めっちゃカッコイイじゃん」 「まあな。最近全然、乗れてねえ」  須藤は人懐こい雰囲気の、華奢な青年だ。まだ学生のような雰囲気がある。  バイクは、岩崎の趣味だ。寮生活で乗る機会はあまりないが、高校時代にバイトをして貯めた金で買った、宝物だった。実家に置いておく気になれず、連れて来たのだ。 「良いなー、バイク。俺も免許取ろうかな」 「お前細いし小せえし無理じゃね?」 「えー。無理かな。めっちゃ憧れあるんだけど」  そう言って唇を尖らせる須藤に、岩崎はフッと笑みをこぼす。 「まあ、解るけど。俺も憧れから入ったしさ」 「へー、そうなんだ。身近に乗ってる人が居たの?」  須藤の問いに、岩崎は「ああ」と頷いた。 「身近ってわけじゃねえけど――憧れの人。すげえ、カッコよくてさ」  中学の頃だった。家に帰らなくとも誰も心配しない、放任主義の家庭に育ち、塾に行っているふりをしてフラフラと遊び歩いていた。そんな中、出会った人――。  暴走族。と、いうのだろう。  最初は、集まってバイクを走らせる彼らを、何が楽しいのか分からなかったし、邪魔だとさえ思った。けれど、その人の走りを見た瞬間、世界が変わったのだ。  グレーだった岩崎の世界は鮮やかに色づき、呼吸を取り戻した。死んだようだった世界が息を吹き返し、世界を一変させた。  美しい、走りだった。誰よりも速く、無駄がなく、美しい。  暴走族『|死者の行列《ワイルドハント》』。  その、総長こそが、岩崎の憧れの人物だった。岩崎は彼に憧れ、『|死者の行列《ワイルドハント》』に入れてくれと何度も頭を下げた。だが、適う事はなく、総長と走ることもなかった。  ――『|死者の行列《ワイルドハント》』は、突如として解散したからだ。 (今でも、あの人の走りを思い出すと、背筋がゾクゾクする)  総長の、凛とした背中が、目に焼き付いている。金色の髪に、髑髏のスカジャン。赤いバイクに跨る姿は、とてもカッコよく思えた。 「へえ、なんか、良いじゃん」  須藤の言葉に、岩崎は唇の端を上げた。  土の匂いと青臭い草の香りが、岩崎の郷愁を擽った。

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