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九 口封じは 1

 ハァ。鮎川がため息を吐く音に、ゾクッと背筋が震えた。 「面倒臭いな……。何でよりによって、寮生なんだよ」  鮎川の呟きに、岩崎は一言も発せなかった。何か言おうとしたら、血を見る気配があった。 (ヤベえ……、かっけえ……)  ゾクゾクと、身体が揺れる。  誰が『仏の鮎川』なんて言い出したのか知らないが、まるで別人ではないか。岩崎の目の前に居るのは、仏なんかじゃない。鬼だ。  鮎川の指が、岩崎の首筋に触れる。ビクッと肩を揺らす岩崎に、鮎川が冷たい視線を向ける。  殺される。一瞬、そんな気になった。そのまま指先が、岩崎の唇に触れる。親指が、口をこじ開ける。 「お前、黙ってなさそうだな」 「……」  岩崎は黙り込んだが、否定も肯定もしなかった。鮎川が走るのを辞めた理由を教えてくれなければ、もう一度走ってくれなければ、しつこく付きまとう自信があった。 「はぁ……どうするかな……」  もう一度ため息を吐いた鮎川に、岩崎は顔を上げた。 「鮎川、俺っ……!」 「黙れって言ったよな?」  ぐっ、と鮎川の手が顔を押さえつける。顔面を覆う掌に、とっさに暴れた岩崎の腕を、もう一方の手が押さえつけた。 「暴れるなよ。……ああ、丁度良いのがあるじゃん」  そう言って、鮎川が先ほど落ちて来た箱を手に取る。(何だ?)と思っているうちに鮎川は箱を開け、中身を取り出すと、岩崎の腕を掴んだ。 「へ?」  黒い、ベルトだった。ちょうど両手首を固定するためのベルトらしく、あっという間に両腕をベルトで固定される。どうやら、鮎川の部屋に無数にあるSMグッズの類らしい。 「ちょっ……!」  取り外そうともがくが、自分で取ることは困難だ。思わず足を蹴り上げると、無言で足首を掴まれた。まさか。そう思っているうちに、足もベルトで固定される。 「お、おいっ! 鮎川! これ外せ――」 「うるさいから、ちょっとコレ咥えてろよ」 「もがっ!?」  そう言って、岩崎の口に押し込んだのは、先日岩崎がフェラチオを実践するために咥えた、太いバイブだった。 「んむ、ぅっ」 (ちょっと、待て……っ)  身体の自由を封じられ、さらにバイブまで口に突っ込まれて、岩崎は動揺して身体を揺らす。鮎川がため息とともに前髪を掻き上げた。怜悧な瞳に、心臓がずくんと疼く。 「――っ」  口を無理やりこじ開けられているせいで、唾液が勝手にあふれて頬を濡らした。 「……ひとまず、どうするかな……。ん?」  鮎川の視線が、岩崎に向いた。ドクン、心臓が鳴る。  鮎川の手が伸びる。するり、服の上から股間を撫で上げられ、岩崎はビクッと腰を揺らした。 「お前、なんで勃ってんの?」 「――」  指摘に、カッと頬が熱くなる。  岩崎自身、良くわかっていない。この状況に興奮したのか、自己防衛の一種なのか。  鮎川の瞳が、スッと細められた。 「へえ」  冷たい瞳に、ぞくりと背筋が粟立った。 「確かに、近づきたくなくなるぐらい、痛めつけるのもアリか」  ぼそっと呟かれた言葉に、岩崎は何故かザワザワと胸が疼いた。

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