13 / 62
十三 ピンク色の夢
「総長、またあの子来てるよ」
「あ?」
その声に、岩崎はビクッと肩を揺らした。このコンビニは『|死者の行列《ワイルドハント》』のメンバーが良く立ち寄る場所で、駐車場で良く集まっているのを見かけた。髑髏の刺繍の入ったスカジャンを羽織った一団に、不快そうな顔をする客もいたが、概ね「いないもの」として扱われていたようだ。
岩崎はこのコンビニの近くにある、学習塾に通わされていた。実態としてはまともに通ってはおらず、大抵はコンビニで漫画雑誌を立ち読みして過ごしていた。岩崎自身は、暴走族にポジティブな感情も、ネガティブな感情も持っていなかった。ただ、気楽そうな集団だな、と思っていた気がする。
『総長』と呼ばれていた男の気まぐれだったのだと思う。振り返ってみれば、コンビニにいつもいる不良少年だった自分を、気にかけてくれたのだと思う。総長に言われたのか、手下らしい少年が岩崎に声を掛けて来た。
「おうガキ。お前中坊か? ちょっと来いよ」
「は?」
既に不良少年に片足を突っ込んでいた岩崎は、暴走族に絡まれても物怖じしなかった。声を掛けて来た少年も、自分とそう変わらない年齢に見えたし、怖がる理由もない。
良いから来いと言われ、総長の前に連れ出される。総長と呼ばれた男は、怜悧な瞳の金髪の男だった。近づくと、煙草の匂いがした。
「お前いつもコンビニに居るな」
「……どうでも良いだろ。煙草臭えんだよ」
「あ? ああ、悪い悪い」
そう言って、総長が煙草をもみ消す。存外、穏やかな笑みだったのに、ドキリとした。
煙草を消すと、総長がバイクにかけてあったヘルメットを、岩崎に被せて来た。突然のことに、驚いて手を振り払う。
「何だよっ!?」
「乗せてやるよ。後ろ」
「え?」
多少強引にバイクの背に載せられ、岩崎は夜の街を走り回った。最初は怖かったが、総長の背は安心できた。そのうち、過ぎ去っていく街の光に、むしゃくしゃしていた気持ちが飛んで行った。
その一回で、岩崎はバイクに魅了され、走ることの気持ち良さを覚えてしまった。
それから、岩崎は『|死者の行列《ワイルドハント》』のメンバーを見る度に、自分も『|死者の行列《ワイルドハント》』に加えて欲しいとせがむようになった。最初は中学生の可愛い憧れのように思っていたメンバーも、次第に岩崎が本気だと言うことに気づいたのか、扱いは徐々に『準メンバー』のように変わっていった。
仲間たちは受け入れてくれていたが、総長は岩崎がバイクに乗るのも『|死者の行列《ワイルドハント》』に入るのも、許可しなかった。いつだって『お前には早い』の一言で片付けられ、本気で取り合ってくれなかったのだ。
「なあ、十六になったら免許とるし、そしたら良いだろ?」
「バカ言うな。バイクはどうするつもりだ」
総長の言葉に、岩崎は口をつぐむ。岩崎の家は、裕福だった。金銭面でなにか不自由したことはなく、放任主義の両親は黙ってバイクを買っても気が付かないと思っている。そして小遣いで中古のバイクを買うくらい、出来そうだった。総長はそう言う部分を見透かしていたのだろう。岩崎が自力で手に入れない限り、そのバイクで一緒に走るつもりはないようだった。
「まあ、バイクの景色見せた責任はあるけどよ」
「そうだよ。責任とれよ」
生意気な口をきいた岩崎に、総長は笑いながら頭を撫でて来る。子ども扱いされるのは嫌なのに、不快ではなかった。
黒い髪を撫でられ、総長の金色の髪を見上げる。
「……俺も金髪にしようかな」
「お前は金とか似合わねえよ」
「えー? じゃあ、何色が良いんだよ」
唇を尖らせて文句を言う岩崎に、総長は「うーん」と唸って、植え込みに植えられていた花に目をやる。ピンク色のベゴニアが咲いていた。
「ピンク」
ともだちにシェアしよう!