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二十八 変わる距離

「お、岩崎だ。スイカ食う?」 「あ? あー、貰う」  廊下を歩いていたところを呼び止められ、岩崎はラウンジの方へと足を踏み入れた。ラウンジには寮生が五、六人集まっていた。どの人物も、岩崎はあまり交流のない、先輩たちばかりだ。 「田中の実家から送られて来たんだよ」 「めちゃくちゃ甘いぞ」  手渡されたスイカは、真っ赤に熟れて瑞々しかった。三角形に切られた先端部分に、ぱくんと食いつくのを、先輩たちは何故かニコニコ顔で見守っている。 「美味いっす」 「おー、良かった、良かった。こっちも食えー」  ワイワイと構ってくれる先輩たちに、岩崎は気を良くしてスイカに手を伸ばす。  新人歓迎会での一件以来、岩崎は『鮎川にキスしたヤツ』という扱いだった。先輩たちにとってはからかいのネタで、岩崎は面白いヤツという扱いになったらしい。これまでは怖がって遠巻きにしていた先輩たちが、岩崎を可愛がるようになった。  夕暮れ寮の生活にすっかり慣れた岩崎だったが、新人歓迎会以降の寮は、余計に居心地が良いものになった。実家に暮らしていた頃、岩崎は誰かと喋るような生活はしていなかったが、ここにはいつだって誰かが居る。  三つ目のスイカに手を伸ばしたところに、ラウンジを覗き込む影があった。 「あれ、スイカ? 良いね」 「鮎川」 「お。鮎川。食ってく?」 「じゃあ一つだけ……岩崎、お前なんて格好してんの」 「あ?」  鮎川が隣に来て、顔をしかめる。岩崎はハーフパンツにタンクトップ姿だ。ここ最近、暑い日が多い。対する鮎川はスーツ姿だった。 「暑い」 「腹冷やすぞ」  そう言いながら、しゃくっとスイカにかじりつく。岩崎は無意識に、鮎川の唇を追った。 「そうだ、これあげようと思ったんだ」 「ん?」  鮎川がそう言って、なにやら袋を手渡してくる。ビニールに包まれた、ぬいぐるみのようだった。犬だか猫だか良く解らない生き物がモチーフのようだが、見慣れないキャラクターだ。 「なにこれ」 「営業先でもらった。お客さんのところのキャラクターみたい」  一緒にスイカを齧っていた面々から、「いらねえw」「微妙w」と声が上がる。岩崎も特別に欲しいわけではなかったが、鮎川がくれたものだと思うと、持ち帰る気になった。 「ふーん、どうも」 「スイカ美味いね。ご馳走さま。じゃ」 「あ、俺も」  スイカを切り上げ、鮎川についていく。背後から「懐いてるなw」「かわいい」「俺にも懐いて欲しい」と声がする。  ぬいぐるみをモニモニと弄りながら、鮎川の後を追う。鮎川はネクタイを緩めながら、手で顔を仰いでいる。 「あ、僕、明日から五日間居ないからな。部屋来ても居ないぞ」 「え、なんで?」 「出張。東北支社」  東北支社。岩崎にはあまり関係のない場所だ。 「えー」  つい不満げに唇を尖らせた岩崎に、鮎川が笑う。笑みに、ドキリと心臓が跳ねた。 「ササカマ買ってきてやるよ」 「ササカマぁー?」 「萩の月も。美味いから」 「へー。そうなんだ」  鮎川が部屋の鍵を開けて中に入るのに、当たり前のように後ろからついていく。鮎川は一瞬だけ何か言いたげな顔をしたが、何も言わなかった。 「まあ、他のヤツに構って貰え。……ただ、タンクトップはやめろ」 「? なんで?」 「……見えてるから」 (見えるから……?)  なにを言ってるんだ? と、岩崎は首を傾げた。意味が解っていない岩崎に、鮎川は溜め息を吐き出して、タンクトップの端から指をスルリと差し入れる。 「無防備過ぎる」  きゅっと乳首を摘ままれ、ビクッと肩を震わせる。 「な、なにすっ」 「嫌なら隠しておけ」 「……」  岩崎は唇を尖らせ、身を守るように両腕をクロスさせる。鮎川は何故か、岩崎の乳首を弄りたがる。 「男のおっぱい吸って喜ぶのはアンタだけだろっ」 「――……」  鮎川しか気にしない。そう言いたかったのだが。 「へー」  鮎川がスッと怜悧な瞳を細めた。ゾクッと、背筋が粟立つ。 「そういうお前は、弄くられて喜ぶくせに」  きゅっと乳首をつねられ、ビクビクと体を揺らす。 「んぁっ! バカ……っ、喜ぶわけ」 「ホラ、感じてる」 「感じて、ないっ!」 「嘘つけ」  タンクトップの上から、鮎川がカプリと乳首に噛みついた。そのまま、ちゅうっと吸われる。 「あ」  ゾクゾクと、身体に電流が走る。鮎川の舌が、布越しに乳首を弄くる。押し返そうとして、手にしていたぬいぐるみが床に転がった。 「あっ、鮎川っ……ん! やめ……」 「感じてないんだろ?」 「っ……!」  鮎川の揶揄に、カァと頬が熱くなる。 「か、感じて、ねえって……、気持ち悪いからっ、やめ」  引き剥がそうと伸ばした手を、グッと捕まれる。そのまま、後ろに捻られ、ソファに押し倒された。胸を打ち付け、一瞬息が詰まる。 「ん! なに、すっ……」  ヒヤリ、腕に冷たい感触がして、岩崎は振り返った。 「は……?」  腕を動かすと、カチャカチャと音がして阻まれる。手錠で拘束されたらしかった。 「お、おいっ……」 「感じないんだもんな? 俺が吸って喜ぶだけだし」 「ね、根に持ちすぎだろっ!」 「お前は知らないのかも知れないけど、性感帯な以上、開発する道具もあるんだよ」 「……は?」  鮎川が笑いながら、見慣れないオモチャを見せてきた。 「ニップルバイブってな、乳首用のバイブがあるんだわ」  その言葉に、何をされるのか解って、カァと顔が熱くなる。同時に、肩がカタカタと震えた。 「ざ、ざけんなっ」 「感じないんだろ? 大丈夫」 「――ば」  タンクトップをずらして、乳首を露にされる。そこに、クリップ状のバイブが付けられた。 「あ――」 「感じないんだから、イったりすんなよ」  鮎川が楽しそうに見えるのに、岩崎は涙目で睨み付けた。

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